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私達は全従業員の物心両面の豊かさを目指し、『電気』というなくてはならないライフラインの発展を通じて社会に貢献することを目的とする


山口電気工事株式会社
代表取締役  山口 寛



創業から現在に至るまでの変遷について教えてください。

この仕事を最初に始めたのは、私の祖父です。鹿児島生まれの祖父は6人兄弟の3番目でした。長男ではないので鹿児島にいても仕方がないと思い、昭和20年に尼崎に来て山口電気商会を立ち上げたと聞いています。

当初は身内のみで細々と下請工事や町の小さな電気工事を行なっていましたが、昭和36年に法人化し、関西電力の仕事を受けるようになりました。平成9年には父が会社を継ぎ、そして私にバトンタッチしたのが平成30年の8月です。

関西電力からの仕事の受注形態としては元請で、間にゼネコンを挟まず関西電力と直接取引させていただいています。業務の内容は発電所や変電所という特殊な場所で仕事をしており、中でも変電・制御という部門に携わっています。関西電力と直接取引している同業他社は、近畿二府四県で約35社程度しかありません。

当社の強みとは、社会インフラの一翼を担っている電力会社と直接取引をさせていただいているところ。ものすごく儲かることはない代わりに、非常に安定度が高いのが特徴です。その安定にあぐらをかくことなくさらに事業を拡大・発展させ、社員の幸福度を高めていくことが私に課せられた使命であると考えています。

もう1つの強みは、直営施工ができるという点にあります。直接受けた仕事は、下請に投げたりせずに自社で工事を完結できるということです。現場の作業員も監督も当然当社の社員ですから、お客様に対しては責任を持った一貫作業ができ、内部的にいえば中間マージンに取られることなく高い利益率が保てるのです。



小さい頃からお父様の事業を継ぐ意識はお持ちだったのですか?

継ぐことは一切考えていませんでした。両親は私に何も言わなかったのですが、祖母は強烈で、「あんたは長男なんやから、この会社を継がなあかんのよ」といつも言っていましたね。

思春期の頃は私も反抗心が強く、自分の将来を周囲に勝手に決められているような気がして本当に嫌でした。「おれは料理人になりたいんや!」と宣言し、父からは「そんなものは趣味でやれ!」と一蹴されたこともあります。

そんな中、私の意識を変えたのは高校時代の塾の先生の一言でした。「山口君、世の中の多くの人が企業に勤めてサラリーマン人生を歩む中、君はトップに立つことができるんやで? これはものすごいチャンスやろう。人が望んだとしてもなかなか実現せん、すばらしいことなんと違うか?」と先生に言われたのです。

尊敬する恩師のその言葉を聞いて、「一番」という言葉が好きだった私の心に火が着きました。「トップに立つ」という言葉に単純に反応し、化学変化を起こしたわけです。

それ以前は山口電気工事がどんな仕事をしているか興味もなかったし、関西電力の仕事をしているということも知りませんでした。けれどもそれ以来、電気の道に進もうと思い、大学も電気科を選び、中央電設株式会社というサブコンに就職したのです。

今でもそのときのことを父と話していて、「ほんまに先生がおらんかったらどうなっていたかわからんな」とお互いに話しています(笑)。



山口電気工事に入社したきっかけを教えてください。

最初に就職した中央電設はいわゆる阪急阪神グループの電気工事会社だったのですが、そこでは現場監督として丸8年間働きました。

山口電気工事を継ぐタイミングについては特に考えていなかったのですが、平成20年頃に父から「ちょっと考えてみいひんか」と言われたのです。いずれ継ぐという思いはありましたので「いよいよ来たんか」という感じでした。

入社した当時は、前職と同じように現場に出て監督をやる一方で、経営的観点から見た会社の実務も徐々に覚えていきました。といえば聞こえはいいですが、実際は周囲とぶつかってばかりいたのです。

突然社長の息子なんかが入社してきたら、ただでさえ他の社員は気を遣うし、自分たちと同じ仲間だとは思ってくれませんよね。そこへ来て私自身の性格にも問題がありました。前職時代もそうだったのですが、とても勝気でとんがっていて、周囲にみずからバンと壁を張っているようなところがあったのです。

そんな私に当時の部長が、「寛君、浮いてるで。プライドが邪魔しているのと違うか? おれから見たら寛君がバリア張ってるのが見え見えやで」と声をかけてくださったのです。何とかせなあかんというのは自分でもわかっていたのですが、殻を破るのには少し時間がかかりました。



周りとの衝突はどのように乗り越えられたのでしょうか?

入社して3~4年経って、山口電気工事という会社のことがだんだん分かるようになり、社員一人ひとりについても理解が深まってきた頃、電設工事部という新しい部門の立ち上げに携わったことが転機となりました。

それまでは祖父の代からのほとんど電力工事部1本で来ていたわけですが、電力工事部門に加えて事業の大きな柱をもう1本立てたいと考えたのが電設部門立ち上げの動機でした。この電設工事部の立ち上げに当たり、前職で長く電設工事に関わってきた私としては痛切に「仲間がほしい」と思ったのです。

それで中央電設に父と一緒に出向き、かつての先輩を引き抜かせてほしいと本店のトップに頭を下げました。新しい事業を始めるに当たり気心が知れた有能な仲間がほしいという気持ちは、とりもなおさず山口電気工事を発展させたいという意欲の現れでもあったと思います。

新しい事業部を立ち上げ、軌道に乗せたこともあり、自然な世代交代ということで父からのバトンを受けて社長に就任しました。



先代のお父様はどういう方で、どういう関係で歩んでこられたのですか?

若い頃は反発していましたね。以前はあまり口もききませんでした。父が祖父から会社を継いだとき私はまだ学生でしたので、引き継ぎ当初の父の苦労なども知る由もなかったのですが、父と居酒屋で一緒に飲んで話をしたときに一気に距離が縮まったのです。父も私と同じような苦労をしていたということが、あのとき初めてわかりました。

父の場合は高校、大学とエリートコースを歩んで大手総合商社に就職した後に祖父の事業を継ぎ、周囲は田舎の親戚のおじさんばかりの中で浮いてしまって居場所のない思いをしたのがスタートだったようです。

ある経営者塾で聞いた「他人と過去は変えられない。自分と未来は変えられる」という言葉が印象に残っています。あの言葉が腹に落ちたことで、自分も大人になることができ、父との関係を積極的に築いていこうと考え始めたのです。

父と私は、やり方は違うけれども、「会社を大きくして、もっと社員を幸せにしたい」というベクトルは一緒なんだと。じゃあ自分が歩み寄ればいいのだと気づくことができました。それまでは、父のことはただ怖くて近寄りがたい人のようにしか思えなかったのですが、自分の気持ちが変わったことで、「二人飲み」が実現したのかもしれません。気持ちがあれば機会も自然と得られるということなのでしょう(笑)。



社長に就任されてから、どのような課題に直面し、解決してきましたか?

当社は祖父の代から電力工事をメインにやってきました。中でも関西電力からの受注分が大きなウエイトを占めています。電力工事部門は安定していることが強みですが、逆にいえば劇的に大発展するというような部門ではありません。

けれども、多くの社員たちはこの状態に安住しがちなきらいがあります。関西電力の仕事をしているというプライドを持つことはよいことですが、それだけで満足してしまっていては困るわけです。現状維持でいいと思ったら、そこから落ちていくだけですからね。

そこから抜け出さないといずれ頭打ちになるという思いから電設工事部門を新設し、環境エネルギー工事部門もつくりました。社員たちにはチャレンジ精神を持ってほしいと願っています。仕事で大事なことはチームワークですが、最高の状態でチームワークを実現するためには社員一人ひとりの意識が大切です。

社員たちが興味のアンテナを広げていくことが視野の拡大につながり、ひいては会社の事業規模の拡大にもつながっていくと思うのです。よく「顧客満足」というキーワードを目にしますが、社員自身が満足できる仕事を遂行すれば、お客様の満足も勝手に生まれるものだと思っています。

私の理想は、こうです。今はたまたまみんなで電気工事をやっているかもしれないけれども、もしも業種を変えたとしてもこのメンバーで一緒に仕事をして結果を出せるようなチームにすること。昔からの伝統・自信・プライドに、この果敢なチャレンジ精神と絶妙なチームワークが加われば鬼に金棒でしょう。


今後の展望を教えてください。

これからどんどんAIが台頭してきて、「本当に人間ができることって何なの?」とシビアに突きつけられるようになってきますよね。そのときに「それ、山口さんのところじゃなくてもいいんじゃないの?」と言われたら終わりです。

そうならないためにはお客様との人間関係が大事ですし、お客様との人間関係を大事にするためには当社の社員一人一人の充足度が関わってくると思います。自分を大切に思えない人間が他者との関わりを大切に考え、良好な関係性を育んでいくことができるでしょうか?

突き詰めていくと結局、経営者としての大きな仕事の1つは社員の満足感を高められるように利益を適正に還元することだと思います。仕事の内容に見合う報酬を受け取っている人は仕事に満足し、お客様を大切にしようと自然と考えるでしょう。

極端に言うと、私は当社の社員が幸せになれるならば電気工事でなくてもいいと思っているのです。興味を持ったことを何でもやってみたらいい、あかんかったらやめたらいいというスタンスです。そんな中で、本業から離れないところで今から伸ばしていこうと考えているのは、自然エネルギーの分野ですね。

これからは、どの企業にとってもより大切になってくるのは人材の採用・育成・教育ということに尽きると思います。大手で働いている人が「山口電気工事で働きたい」と言ってくれたら最高です。

そして、今いる社員たちが定年退職するときに「山口寛と出会えてよかったな、いい会社で働けてよかったな」と思ってくれたら涙が出るでしょうね。そういう会社にしていくことが私の理想です。今はまだ採用には苦労しているのが実情ですが、1つ枠を突き抜けて電気工事業界のトップリーダーとなっていけば、当社で働きたいという人材も飛躍的に増えるだろうと考えています。

一方で、あまり規模を大きくするのもどうかなというふうに最近では考え始めています。会社を大きくすればするほどトップの意見は聞こえづらくなってしまうからです。これからの時代は、企業は大きければ大きいほどよいという方向ではなく、細分化、カンパニー化されていくと思います。どこまで人に任せていける度量を持てるかということも、経営者としては鍵になってくるのではないでしょうか。





<インタビュー情報>

山口電気工事株式会社
代表取締役  山口 寛
会社ホームページ http://yamaguchi-d-k.co.jp/

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