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精力善用・自他共栄の精神で激動の建設業界を生き抜く

戸髙建設株式会社
代表取締役 戸髙 弘喜


創業から現在に至るまでの変遷について教えてください。

大手建設会社の下請け会社で常務取締役をしていた父が昭和54年に独立して個人事業主として創業したのが戸髙建設の始まりです。私が一緒に働きはじめた平成8年に有限会社を設立。主に舗装工事や一般土木工事などの仕事を受注しながら徐々に会社を大きくしてきました。

お陰様で業績も徐々に上り会社の規模も少しずつ大きくなったので、平成16年に株式会社にしました。その後東京都の工事等級がCランクだったのがBランクに上がったことで特定建設業の許可を取得し、特定に変わると登記簿など全て変更しなければならないため、変更と同時に平成26年に二代目として社長に就任しました。

戸髙建設では、造成工事や上下水道工事など一般土木工事と道路舗装工事を得意としています。以前は舗装工事がメインで全体の7割は舗装工事だったのですが、今では舗装工事と一般土木工事で8割以上を占めています。

平成13年に入札を始めて元請けとしての仕事を取りはじめてから会社の規模は大きくなってきましたが、現在では元受工事も受注していますが、下請け工事受注にも力を入れています。元請けの仕事というのは宝くじが当たるようなものですから(笑)。

都内に進出すれば時代の後押しもあり仕事が増えてくるかもしれませんが、地元である多摩地区の仕事をしていきたいと考えています。地元でお世話になっているので、地元の安全や地域発展に少しでもお役にたちたい気持ちがあり、地元の方々から戸髙建設が信用してもらえる信頼関係を築くことを心がけています。



戸髙建設にはどのような特徴や強みがありますか?

お客様にはよく「一度ウチを使ってみてください」とお話しさせていただいています。戸髙建設の丁寧な仕事を気に入ってもらってリピーターとして仕事を受注することを常に意識しているんです。社長だけが良い事を言っていて下の人間がちゃんとできていなければ次の仕事は回ってきません。社員も作業員も含めてしっかり対応して安心して任せられると思って頂けることが一番の営業だと思っています。

戸髙建設の強みは、特定の工種に特化するのではなく、幅広い工種に満遍なく対応できる点にあります。もちろん自社だけでなく他の下請け会社さんの協力を得ながら、安全と品質にはこだわり続けていますね。

また、元請けと下請けの関係は信頼関係があるから成り立ちます。元請け会社が望んでいるような工事をしっかりしていかなければ信頼関係を築くことはできません。そのためには常に良い物を作ろうという気持ちが大切だと思います。

父の代からずっと誠実で丁寧な仕事を積み重ねてきたことが評価されて現在の戸髙建設があると思っているので、次の若い世代にも戸髙が培ってきた技術やノウハウを継承していきたいですね。



幼少期や学生時代はどのように過ごされていましたか?

私が子どもの頃、父は日曜日も仕事に出ていて月に1~2回しか休みがないような働き方をしていたのであまり遊んでもらった記憶はないのですが、その代わりよく父が働く現場に連れてきてもらったりしていました。よく父の隣で重機に乗せてもらっていたことを覚えています。

子ども心に大きな重機に乗せてもらえることが本当に楽しくて、日曜日に同世代の友だちと遊ぶより工事現場を見学して重機に乗せてもらう方が楽しかったくらいです。子どもの頃に父にそういった体験をさせてもらっていたことが今に繋がっているのかもしれません。

よく喧嘩したりするヤンチャな性格だったため、父に「道」がつくスポーツをやれと言われて小学五年生から柔道を始め、それからはずっと柔道一筋に打ち込んできました。

高校時代にはオリンピック銀メダリストの小川直也が柔道部の同級生でした。高校時代は全国クラスでやっていたこともあり柔道のおかげで大学にも進学させてもらえました。柔道と出会えたことが私の中で大きな財産になっています。

大学を卒業してからは私立高校の保健体育科の教員として、また柔道の指導監督を務めさせていただきました。教員を辞めて戸髙建設に入社するまでの6年間は好きな柔道で仕事をさせていただいていました。


柔道での経験を今の仕事に活かされていることはありますか?

柔道で気持ちが鍛えられたことや礼儀、話し方などをしっかりと教えてもらってきたことは現在の仕事にもすごく活きています。私も体が大きいのでお客様から「柔道をやっていましたか?」と聞かれることが多く、「柔道をやっています。」とお話しさせていただくと表情がパッと変わるんですよ。柔道=礼儀というイメージが定着しているため、それだけで信頼してもらえる感じです。今思えば柔道のおかげで営業が出来てきたような気がします。

また、柔道をやってきて一番良かったのは機転が利くようになったことです。柔道は個人戦でも団体戦でも1対1の個人競技ですから、試合前に監督から指導されても試合は常に一人で戦わなければなりません。常に相手に合わせて戦法を考えて実践しなければならないため臨機応変な対応力が養われてきました。

柔道は学校教育でも使われていますよね。海外でも柔道を教えることによってスラム街の治安が改善された例もあるほどです。人への感謝や謙虚さを教えてくれる柔道は改めて教育なんだと実感しています。

数多くあるスポーツの中でも柔道は受け身(負け)から始まります。負けから教わるので、人の痛みもわかり下から積み上げていきます。そういうところは、柔道は人生に似ていると思います。今でも本業とは別に小学生と中学生に柔道を教えているのですが、柔道を通して人生を教えるという気持ちで指導しています。



戸髙建設にはどのような経緯で入社されたのでしょうか?

私は長男なので、いずれは父の会社を継がなければという思いはありました。高校の教員として6年間務めた頃、平成8年に父からそろそろ帰って来いと言われて父と一緒に働きはじめたんです。

最初は専務取締役の肩書きで、仕事を覚えるために4~5年は現場の仕事を経験させてもらいました。どういう仕事なのか知ってはいても、現場経験がなければ見積もりを出すことはできません。工事の金額は、人が何人必要で、機械と材料は何を使って、何日かかるかで決まります。そのため工事を覚えないことには見積もりが出来ません。

お客様とお話しさせていただいていて、その場で概算の見積りを出せることが営業として一番強いので、現場で実績を積みながら営業のスキルも磨いていきました。工事の内容や規模をお伺いして、パパッと試算した見積もりと実際の金額が1割も変わらないのも営業力の一つだと思っています。

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二代目として社長になられてから変わられたことはありますか?

平成26年、特定建設業の許可を取り株式会社に移行したタイミングで代表を交代したのですが、社長に就任して最初に感じたのは言葉の責任の重さです。

二十数年前に専務として働き始めた頃、ウチはまだ新参者だったので周りに負けたくない一心で仕事をしてきました。まだ30代だったこともあり、出る杭は打たれるけど打たれないほど出過ぎる杭になろうと思ってイケイケな感じだったんです。

そのため様々なことでよく叱られたこともあったのですが、私が感情的になって人とぶつかっても父が社長として「ウチのバカ息子がすみませんね」と言ってくれればまだ丸く収まっていました。

社長になってからは、私の言動が戸髙建設としての意思表明になってしまうことの責任感を強く感じるようになりましたね。自分が最終意思決定者であり責任者であることを認識するようになったんです。軽率なことを言ってしまえばそれで関係が終わってしまうこともあるため、会社が築き上げてきた信頼に傷をつけることがないよう言葉選びには慎重になったと思います。


社長に就任されてから仕事面で変えられたことがあれば教えてください。

社長になる以前、入札をして元請けの仕事をするようになった平成13年頃から専務として実質的な経営判断は任されていました。父はその頃からあまり表には顔を出さないようになっていましたね。

建設業には、労務請負、機械労務請負、材工一式請負の3つの請負形態があるのですが、先代の時代は機械労務が主でした。機械労務では利益も金額は少ないため、例えば7,000万円の規模の工事で1割赤字だったとしても700万円です。

元請けとして在庫一式で受けるようになると、機械労務で受けるよりも利益はたくさん出るようになります。ただ、その代り失敗したらその分赤字の金額も相当な金額になってしまうんです。

元請けで仕事を受けるようになってから売上規模がどんどん大きくなってきたことで、父の時代とはお金の感覚が大きく変わってきていました。そういうタイミングだったため、後を継ぐ私に実質的な判断を任せてくれたんだと思います。

元請けの仕事をメインで受けていた時は、運転資金を用意しなければならなかったため銀行からの融資も受けますが、元請けで工事金額が大きいほど自社で資金を確保しておかなければなりません。

現在は、元請けと下請けの両方を中心に仕事をしています。車の車輪のように、バランス良くこれからも工事の受注に頑張っていきたいと思います。



現在どのようなことが課題だと感じられていますか?

一番の最重要課題はこれから働く人をどうやって確保するかだと思っています。建設業だけじゃなく飲食業でも製造業でも共通して人材確保は課題になってきますよね。人材確保のためには、昔と違って会社が受け入れてあげる体制をしっかりと作っていくことが重要だと感じています。

これからの社会を考えると、地方から出てきた方や外国人労働者の受け入れをしていかなければ労働力の確保は難しくなってきます。そうなると、住む場所も含めて環境を揃える必要があるのではないかと思っています。

人を集めなければいけないといっても、当然真面目で長くウチで働いてくれる人に来てほしいので、柔道の繋がりを活かせないか考えているところです。柔道で培ってきた気持ちが強い真面目な子を採用する流れを作っていきたいですね。そのためには、戸髙建設では、現在会社で実業団を作りたいと考えています。仕事をしながら稽古が出来て、東京都や地方の大会に出たりして、柔道を続けていける環境作りをしたいですね。また、道場を作って地元の子供たちに柔道を教えて、将来地元からオリンピック選手が出たら地元も活気が出るんじゃないかと思っています。それでその子たちが当社で働いてくれた最高ですね。
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今後の展望を教えてください。

2020年東京オリンピックが終わった後、建設業界の仕事が減ることはほぼ確実だと思います。そうなると大手の元請け会社は下請け会社をふるいにかけざるを得なくなります。そのため今も始まっていますが、事故の多い安全に注意できない会社、謙虚さの足りない会社は淘汰されてしまうと思っています。

だからこそ、人との縁や繋がりを大切にして、会社として事故が起こらないよう細心の注意を払いながら会社として末端までしっかり教育をし、ふるいにかけられても残れる会社にしていかなければなりません。ダーウィンが「生き残るのは強い生き物ではなく、変化に対応できる生き物だ」と言っているように、どんな環境でも対応できる能力を持った会社にならなければならないと思っています。

柔道には「精力善用」「自他共栄」という言葉があります。精力善用は「目的を達するためには精神の力と身体の力を最も有効に働かせなければならない」、自他共栄は「自分の力を社会の貢献に役立て、皆が共に栄えることが大切である」という教えです。

この言葉は何にでも通じる言葉だと思っていて、自社だけで良くなろうとしても会社としては良い方向にはならないと思っています。自分自身の経験でも、相手のことを考えて誠実で真面目に対応してきたことが、結果的に仕事に繋がってきたことも少なくありません。

奉仕の精神を持った会社として、周りとの繋がりを大切にしながら戸髙建設を継続させていきたいですね。




<インタビュー情報>
戸髙建設株式会社
代表取締役 戸髙 弘喜
会社ホームページ http://www.todakakensetsu.jp/


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