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想いは伝えるだけじゃなく、行動に落としていくことが必要

株式会社 テイ製作所
代表取締役社長 田中 和江

創業から現在に至るまでの変遷について教えてください

1992年に私の父が抜型の製造を行う職人としてテイ製作所を創業しました。抜型とは立体的な紙製品を作るときに使用される、ベニヤ板に製品の展開図に合わせて刃物を埋め込んだものです。ティッシュペーパーの箱など、身近にある多くの紙製品は抜型を用いて作られています。
抜型製造の仕事は、紙製品の制作には欠かせないものではありますが、社会の流れにあわせて変化してきています。テイ製作所では、以前は封筒やミシン目のある振込用紙、カラオケボックスの歌本などの抜型を製造していましたが、デジタル化が進みインターネットが普及していく中で無くなっていく仕事も少なくありません。

現在は、商品をディスプレイする際の紙製什器の制作を主に取り扱っていますが、今後は事業ドメインを拡大し、お客様やパートナー企業の方々と一緒に新しいものを生み出す会社にしていきたいと考えています。


 田中社長はどのような経緯でテイ製作所に入社されたのですか?

正式に入社する前から父の仕事の手伝いはしていましたが、それとは別にイタリアンレストランの経営に携わっていました。食べることや料理をすることが好きだったので野菜ソムリエやフードコーディネーターといった資格を取得し、個人向け飲食店のプロデュースもしていましたね。
家業の手伝いとレストラン経営の二足のわらじでやっていたのですが、祖母が体調を崩し父が介護に専念することになったことがきっかけで、2009年にレストランを辞めてテイ製作所に正式に入社することになりました。

実を言うと、工場代わりにトラックの倉庫を借りて朝早くから夜遅くまで職人として働く父の姿を見ていて、いわゆる「3K」と言われる仕事のイメージを持っていたため、継ぎたいという気持ちは全くありませんでした。
ただ、父が祖母の介護に専念することを決めた以上、私が代わりを務めなければ会社を畳まなければならないという状況で、家族会議をした際に当時まだ小学生だった妹が「私が学校を辞めて働くから大丈夫だよ」と言ったんです。妹の一言で、家族の将来が私の選択に委ねられているんだということを考えさせられ、「とりあえずやってみよう」という気持ちで入社することを決めました。


入社されてから苦労されたことはありますか?

入社した直後はCADを使った製図の仕事と、お客様と打ち合わせをしてお仕事をいただき、できあがった商品を納品する営業の仕事を担当していました。型の製造にはノータッチだったんです。
お客様の所へ納品する際、商品に対してクレームを言われることも少なくありませんでした。会社に持って帰ると、職人さんからは「そんなわけがない」とか「もうやらない」と言われ、お客様と職人さんの間で板挟みになってしまったことが凄く大変でしたね。

社長の娘として入社して「何も知らないくせに」と思われていたこともあり、職人さんを説得することができなかったんです。お客様からのクレームに対応することができず、仕事がどんどん減っていってしまいました。
他社に仕事を取られていくのを目の当たりにしたことで、自分が設計をして営業もするポジションで仕事をしていてはダメだと思い、設計部に新しい人材を採用することを決めました。新しく設計の人材を入れて私は外回りに専念することができ、徐々に環境を改善させていくことができました。

当時、父の頃から働いてくれていた高齢の職人さん一人しかいなかったため、設計部がある程度落ち着いてきた半年後には製造部にも新たな人材を採用しました。技術を教えられる環境が整っていなかったため、彼には相当苦労をかけたと思います。他社に出向いてライバル会社の型を見て勉強するなど、独学で技術を身に着けていってもらったんです。
私が入社してから採用したこの二人の社員が、今ではそれぞれ設計部と製造部のリーダーを務めてくれており、私をサポートする幹部として活躍してくれています。


経営者としての覚悟が固まったのはいつですか?

入社を決めてからも会社を継ぐ覚悟は全く固まっていませんでした(笑)。誰か別の人が引き継いでくれるなら、その人に任せて早く辞めたいとすら思っていましたね。どこか自分に逃げ道をつくっておきたいという気持ちがあったのだと思います。
経営者としての覚悟が固まったのは結構最近です。2016年に会社を法人化し、そのタイミングで代表を引き継いだのですが、就任してから同友会という経営者の勉強会で半年かけて経営理念を作成している途中で覚悟が決まりました。

経営理念を作成するため「社会にとってうちの会社がどんな風に役に立っているんだろう」ということを四六時中ずっと考えさせられました。会社のこと、社員のことを考えて考えて考え抜いていく中で、技術者たちが型を作っている姿や物を組み立てている姿勢が物凄く格好良く見えてきて、いつの間にかこの仕事が好きになってしまっていたんです。
抜型の仕事を通して喜んでいただけているお客様や社員の笑顔を絶対に絶やしてはいけないと思うようになりました。


なぜ経営理念を作成しようと思われたのでしょうか?

同友会に参加し経営理念を作成しようと思ったのは、社長に就任する直前に知人から誘われて参加した別の経営者塾で衝撃を受けたことがキッカケでした。それまで業績が伸びている会社の経営者にはセンスがあるんだろうと思っていたのですが、経営について必死で勉強されている他社の経営者の方々を見て、経営者にはセンスだけではなく努力して学び続ける姿勢が必要だと思い知らされたんです。

会社の全責任を負っている経営者の方々の覚悟を肌で感じ、私も逃げ道をなくして同じ土俵に立たなければならないと強く感じました。それまでは会社で起こる様々な問題を常に社員のせいにしていたところがあったのですが、そのミスを防ぐ仕組みを作るのは私の役割だと思い直すことができましたね。

会社の問題は全てトップの責任だと考えるようになったことで、後回しにしていたことを「今すぐやろう」とすぐ取り組むようになりました。すると、周りの方々も変わりはじめ、一緒に経営理念を考えてくれたり、私をサポートしてくれるようになったんです。

同友会練馬支部の忘年会

【同友会練馬支部の忘年会】

同友会の半年の取り組みが終わり、「描くイメージを形にして、パートナーと共に創造する」という経営理念を作成し、理念を支える次の三つの柱を掲げました。

①科学性…チーム力を最大限に活かして、お客様の心に応えるモノづくりをする

②人間性…仕事に誇りを持ち、一人一人の可能性が広がる職場づくりをする

③社会性…あくなき挑戦と創造力で、永続する企業にする

社員の前で経営理念を宣言する発表会では、サポートしてくれたリーダーの一人が涙を流して聞いてくれていて、本当に感動しましたね。想いは伝えるだけじゃなく、行動に落としていくことが必要だと実感しました。


先代の時代から組織として変えられたことはありますか?

父と職人さんの二人だけでやっていた個人事業の時代から、人材の採用も始め人を増やしていく中で徐々に会社組織として必要な変化を起こしていきました。
今、設計部と製造部でリーダーを務めてくれている二人が入社した時は、社会保険にも加入していなかったんです。人を雇うということは他人様の生活を預かることですから、私には社員の生活を保証するため社会保険にもちゃんと加入していかなければならないと思っていたのですが、ずっと個人でやってきた父とは会社の方針で何度もぶつかりました。

一生懸命ついてきてくれた社員には申し訳ないという思いがあり、雇用する方に色々と求める前に会社としてやるべきことはやらなければならないと考えたため、数年前に父の反対を押し切って強制的に社会保険に加入することを決めました。
父は設計から製造まで何でも一人でできる人でしたが、私には抜型の製造はできませんし、皆の力を借りなければ会社をやっていくことはできません。父は家族のことを常に第一に考えていましたが、私は社員と喜びを分かち合いながら働いて、間近で社員の成長が見られることに喜びを感じています。社員と一緒に人生を豊かにするための会社を創っていきたいと考えているんです。

私が代表になってから人材採用を積極的に進め、社員数も倍近くまで増えてきました。今はまだ父や創業期からの職人さんもいてくれていますが、高齢になってきているため新しい人材を採用して教育に投資をしていかなければ今後継続していくことはできません。


【新メンバー歓迎会の様子。社員が手にしてるのは、自社で作ったお揃いの名刺入れ】

新しい人を採用して育てていくことで、設計部と製造部のリーダーが成長してくれていることも実感できており嬉しく思っています。

今、この二人と私の三人のトライアングル体制でやっているのですが、三人とも全くタイプが異なることが上手くやってこられている要因だと思います。設計部のリーダーは冷静で寡黙なタイプ、製造部のリーダーはちょっとネガティブなところがありますが胸に熱い思いを秘めています。そして私はやると決めたらすぐに行動に移す鉄砲玉のような性格なので(笑)、よく喧嘩もしながら和気あいあいとした組織を創ってこれていますね。


新しい組織をつくっていく中で、どんなことに注力されていますか?

私は仕事と人生をイコールで考えており、仕事を通して人間力を上げていけるような職場環境を作っていきたいと思っています。お客様に喜んでもらえるような仕事をするためには、チームで団結して取り組んでいかなければなりません。製造業だろうとお客様を相手にするサービス業だと考えているため、技術力だけではなく人間力を身に着けていくことが必要になります。

人間力というのは、お客様に対する尊敬の気持ちであるとか先輩を敬う気持ち、謙虚さや努力、忍耐力といった、子どもの頃から教えられてきた道徳のようなものだと思っています。私は人の悪口を言ったり陰で不平不満をもらす人が嫌いなので、前向きで明るく働いてくれる人間力の高い人材を育成していきたいんです。

また、社員が増えてきて会社組織として運営していくにあたり、損益計算書など会社の経営状況などをまとめた資料を社員に共有して会社の「見える化」を進めています。業績が良い時も悪い時も正直に報告して、会社全体で数字を作っていく意識を持たせたいんです。

会社の運転資金は銀行から借りるなどして社長一人でもつくることができますが、売上げや利益は私と社員が一緒に協力しなければつくることはできません。社員と協力して考えていくためにできるだけ情報は開示して、皆で一緒に知恵を振り絞ってやっていきたいと思っています。

数字以外の部分でも、チャレンジシートという仕事の全ての工程を見える化する仕組みも導入しました。自分の仕事だけでなく、前や後の工程でどういう仕事があるのか全員に理解させることで、一体感を持って仕事に取り組んでもらっています。自分の仕事が会社全体に影響していることを理解し、会社の業績に貢献できていることを実感してもらうことで、楽しみながら仕事をしていってもらいたいと思っております。

徐々に新しい世代の人材も採用していく中で、人間力も含めて社員を成長させる「人材育成」と、楽しみながら仕事をしてもらう「環境づくり」にはこだわって取り組んでいます。

今後の展望について教えてください

抜型製造の業界はスピードと変化が求められてきています。納期は短縮されてどんどん短くなってきていますし業界全体が縮小傾向にあるため、新しい取り組みを始めていかなければ生き残っていくことはできません。五カ年計画の中にも盛り込んでいるのですが、従来の抜型の仕事だけに依存していてはどんどん厳しい状況になっていってしまうので、自社商品を開発し売り込んでいくことで下請けからの脱却を実現したいと考えています。

新しい事業はもちろん上手くいくことばかりではなく、100個に1個くらいしか成功しないかもしれません。失敗を繰り返しながら粘り強く挑戦し続けることが必要になってくると思います。

テイ製作所は父がゼロから立ち上げた会社です。私にはゼロから何かを生み出すようなことはできないため、父が生み出した仕事を枝分かれして広げていくことが私の役割だと思っています。お客様や取引先の声に耳を傾け、自社からも様々な提案をしていくことで、パートナー企業とも協力しながら新しいものを生み出していくWin-Winの関係性を築き上げていきたいですね。

まだ将来的な売上目標など具体的な数字としては見えてきていないのですが、新人を育成しながら新しいことにチャレンジする体制を整えていきます。設計部や製造部など様々な仕事をローテーションで経験させて、一人ひとりが様々な役割を担うことができる仕事の仕組みを目指しています。

また、自分が代表を務めている間に、新しい事業だけでなく資産として社員が働く場所を作っていきたいという思いからハード面でも投資を進めており、自社ビルを購入して8月に移転します。

私は、会社の最大の目標は存続していくことだと思っています。社員が安心して働ける居場所を確保し、今後抜型製造の業界がどのように変化していったとしても、変化に合わせて対応していくことができる柔軟性を持った組織を創っていきたいですね。


<インタビュー情報>
株式会社 テイ製作所
代表取締役社長 田中 和江様
会社ホームページ http://www.teiseisaku.co.jp/

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