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人が育ちみんながチャレンジできる明るい組織でありたい


株式会社田畑製作所
代表取締役 田畑 郁



創業から現在に至るまでの歴史を教えてください。

創業は昭和2年、先々代である祖父が田畑鉄工所を始めたのがはじまりです。当時は、戦時中という時代背景もあり軍事的な需要もあったようですが、戦後になると、鉄工所の事業がだんだんと縮小しまして。

昭和36年に、先代である父が「これからは空調の時代が来るだろう」と、これまでの田畑鉄工所から田畑製作所に社名を変えて、空調整備工事の施工を開始しました。当初は祖父もまだ現役で細々と仕事を続けていましたので、祖父は鉄工の仕事を、父は空調の仕事をそれぞれで行っていたようです。

当時のことは私自身あまり記憶に残っていないのですが、空調が世に出始めた頃で、さらに高度経済成長期も重なり、空調設備の需要が伸びていく時代でした。景気が悪くなる前のいい時代だったのではないでしょうか。

その後、父の突然の死があり私が事業継承をしたのが2002年です。現在私たちは、「クリーンで快適な環境の提供」を経営理念として、おもに学校や省庁、福祉施設などの官公庁や工場、店舗などの空調整備と給排水衛生設備の施工管理をする業務を行っています。


御社の強みを教えてください。

私たちの強みは、チャレンジ精神があること、そしてコミュニケーションがしっかりと図れていることです。

これまで建設業の仕事は3Kといわれてきましたが、今はそのような時代ではありません。たとえば見た目の印象でいうと、作業着だって探せばおしゃれなポロシャツタイプもあるんです。印象が変われば、建設業の古いイメージも変わってくる。それならばこれまでの固定概念で考えるのをやめて、いろいろやってみようという声はスタッフの方からよく上がってきますね。

私たちはとにかく、楽しくて明るい組織を目指しています。仕事って結局はいろいろと辛いことも多いじゃないですか。辛いからといってそこで辞めてしまったら終わりになってしまう。だから、続けていてくれればどうにでもなるという気持ちがあるんですよ。

続けていてくれさえすれば必ず戦力になると。もちろんできる人、できない人はいますが、性格やバックボーンを含めて、できない人にも必ずある「できるポイント」を見つけてあげることが大事だと思っています。

最近嬉しかったのは、スタッフから「本当にこの会社に入れて良かったです」と言われたことです。その時、一緒にいた他のスタッフたちと「そう言ってもらえるって最高に嬉しいね」とみんなで喜びを共感できたことがとても幸せでした。

また、来年4月の採用にあたり「新しく入る人は辞めないで頑張ってくれるかな」という話をしていた際、若いスタッフから「僕らが辞めていないんだからやめませんよ」と言ってくれたのです。普段から自然とコミュニケ―ションを図ることができているんだなと感じた出来事でした。



学生時代から会社を継ぐ意識はあったのでしょうか?

幼少期は、たしかに父親が経営をしている環境で育ちましたが、大学時代は継ぐ意識は正直ありませんでした。好奇心が旺盛だったので、他にやりたいことが多くて(笑)。

誰にでも若い頃にはあると思うのですが……今できないのはチャンスがないから。もっとなんでもできるんだ、という変な自信のようなものはありました。それがだんだん年齢を重ねていくと、世の中ってそういうものではないなと。しっかり勉強をしていないとチャンスが来た時にモノにはできないなというのがわかってきたのです。

大学を卒業した頃はまだ、父の後を継ぐ意識はなかったのですが、家が設備工事業をしている以上、何かの側面で応援できないだろうか、サポートをしていきたいという思いで同業他社の会社へ就職することに決めました。
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最初に入社した会社ではどのようなことを学ばれたのでしょうか?

最初に入社した会社で5年ほど勤めましたが、その間に経営者として人を育てる上でとても大切なことを学ばせていただきました。

当時役所の担当をしていた私は、東京都庁や警察庁、文部科学省など霞が関や大手町の役所に毎日通って入札メンバーに入れてもらい、来る日も来る日もポストのような場所へ名刺を配る作業をしていました。この単調な作業がとても辛くて。

ある時、直属の上司に向かって「この仕事に意味はあるんですか。」と失礼なことを言ってしまったのです。すると、上司は「これは意外と大切なんだよ」とちゃんと答えてくれました。怒ることもなく、すごく寛容に私を育ててくれたなという思いがあります。

また、仕事には遊びの部分が必要だというのも上司が教えてくれたことですね。100パーセントの力で仕事をしていると疲れてしまうので、多少の息抜きは必要だと教わりました。たとえば、これはちょっと冗談なので真に受けてはダメなのですが、午前中に懸命に働いたら午後は映画を観てもいいじゃないか。といった具合に、それぐらい余裕を持ちなさいと。

さらに、ネットワークの大切さも上司から教わりました。よく言われたのが、同業の中で友達を作りなさいと。建設業はとくにネットワークが大切ですから、いろんな人から情報を吸収した方がよいという学びは、その後の人生の中でとても役に立ちました。



社長に就任するきっかけと、その際どのような課題があったのでしょうか?

家業に戻り後を継ぐことになったきっかけは、2002年に父が亡くなったからです。引き継ぎもなく入社してすぐに社長に就任するとは想像もしていませんでした。

世間では下町の頑固おやじのようなタイプの父親でしたが、家ではよく会話もするし、とても仲がよかったので、経営者として見たことがなく。2人で仕事の話をすることもなかったので、父が会社に対してどういう思いを持っていたのかまったく知らなかったのです。

事業継承時に一番の課題となったのが、同族経営による社内の体制にありました。私が入社した当時は親族関係がけっこう多かったのですが、親族だからこそ、なあなあになってしまう部分や甘えがあったのです。けれど、朝早くから夜遅くまで働いているのは一般の社員さんでしたので、これはちゃんとやらないとダメだろうと改善をすることに。今は親族がゼロです。他にもどんぶり勘定だった経営を立て直す必要がありました。

先代の父は、積極的に新しいことを取り入れて行くタイプではなく、現状に満足するタイプ。私が後を継いでからは、とにかく会社の規模を大きくして、できる仕事を増やすことに重点を置きました。具体的には、大きな仕事を着手するには資格が必要になるので、私を含めてスタッフみんなで資格を取るなどの取り組みを始めたのです。それにより社内で有資格者が増えたこと、また会社として資本金を増やしていったことで、建設業者としての格付けが上がり、請け負える仕事の幅が広がって行きました。


二代目として変えてはいけないものと、変えていくべきものはありますか?

変えてはいけないものは、自分が持っている軸の部分。そもそも私は、怒ったり強く言ったりするのがちょっと苦手なんです。もちろん、必要な時ははっきりと言いますけれど。自分の気持ちに反して威張ったり、上から言ったりすると自分の軸が歪みますから、そこは変えてはいけないと思っています。

逆に、自分の軸が変わらなければ、会社としての組織はどんどん変わっていいと思っていますね。私が尊敬する方の言葉ですが「朝令暮改でもいいんですよ」と。「朝言ったこと、思ったこと、朝ひらめいたことを、これやろうと言って。いや、ちょっと待てよ、夕方にやっぱ辞めようと言ってもいいんだよ」「中小企業なんて閃きの連続でさ、チャレンジなんだよ」と。

もし、本当にこれをやってみようと思ったらやってみる、そしてダメなら辞めればいいのだと思っています。あまりにも規模が大きいとなかなかそうはいかないかもしれないですが、規模が小さいうちは、どんどんチャレンジをして変えていける部分は変えていった方が楽しいと思っています。




今後の展望を教えてください。

建設業界に求められているのは、絶対安全です。労働災害を起こさない、それからスピードと、たしかな施工力。そこは強化すべき点です。その上で、少しでも大きなこと、つまり大規模な工事にチャレンジしていきたい。

これまで、大きな工事でも6000万や7000万ぐらいの工事が限界だったんです。けれど、一昨年は2億3、4000万ぐらいの工事を頑張りました。最初はそんなの無理だよと大反対もあったんですが、最終的にはやりきることができた。その時の達成感は忘れられません。

みんなとても嬉しそうでしたし、私たちにとって成長をするにはとても良い経験でした。今後大規模な工事を請け負っていくためにも人数を増やして、技術力の向上にも力を入れたいと思っています。

また、将来的には海外進出も視野に入れています。これから発展する国、たとえばインドやアフリカが、私たちの技術で快適になればおそらく喜ばれると思うんですよね。だからそういう需要のあるところに行きたいなと。まさに、私たちが経営理念で掲げている「クリーンで快適な環境の提供」ですね。これからはその想いを海外にも広げて行きたいと思っています。




<インタビュー情報>

株式会社田畑製作所
代表取締役 田畑 郁
会社ホームページ https://tabata-ss.co.jp/

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