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先代から引き継いだ会社の基盤を更に強靭にし社会に貢献する企業へ

株式会社SPEC
代表取締役 磯部 剛史

― 創業から現在に至るまでの変遷について教えてください。
SPECは、1980年に政府系ベンチャーキャピタルである東京中小企業投資育成株式会社(SBIC)からITベンチャーの第一号として出資を受けて設立したIT企業です。
当初は、メーカーごとにバラバラだった通信の信号を共通化する、通信プロトコルのソフトウェア開発からスタートしています。その後、生命保険・損害保険の会社、特に外資系との繋がりが強くなり、金融系の業務システム開発が増えてきました。

現在では、通信系のプロトコルと金融系の業務アプリケーションの二つが業務の二本柱となっていますが、システム開発を主軸としながらも単なる開発会社ではなくITを駆使して社会問題に貢献する企業として日々進化をし続けています。


― 磯部社長がSPECに入社した経緯は何ですか?
私の父親が創業者である先代社長と知り合いだったことがきかっけで、1986年、SPECが創業まだ間もない頃に新卒として入社しました。当時、創業5~6年目くらいのベンチャー企業で、新卒の採用は今よりももっと難しい時期だったため、知り合いを中心に人材を集めていたんだと思います。
当初、アパレル系や広告代理店を志望していたので、正直に言ってIT会社に入るつもりはあまりなかったのですが、縁があって入社させてもらうことになりました。
ただ、小学生の頃からコンピューターには関心が強く、NECの支社に通ってコンピューターを触らせてもらって、プログラミングをさせてもらったりしていました。当時の小学生としては珍しかったと思います。

プログラミングに興味を持ち始めたきっかけはゲームなんですけどね(笑)。当時流行していたインベーダーゲームを見て、「なんで動くんだろう?」と不思議でたまらなかったのを覚えています。その仕組みが知りたくて、コンピューターの世界に足を踏み入れた感じです。


― 先代社長はどのような方でしたか?
一言でいうと「石橋を叩いて壊してしまう人」でしたね(笑)。慎重なビジネススタイルの方でした。一方で、相手が偉い人でもアポイントなしでガンガン飛び込んで行くような大胆さも持ち合わせていました。
また、当時の通産省などにパイプを持っており役所との交渉事に秀でていたり、銀行との付き合い方が上手な方でした。いまだにその頃の人脈でのお付き合いがいくつもあります。そういった意味では、非常に人脈を大事にされる方でしたね。
現在は、先代には最高顧問として関わっていただいています。週に一回くらいの頻度で会ってお話しさせてもらっていますが、まだお元気で、新しいビジネスのアイデアについて話したりもしています。

創業者としてゼロからイチを生み出された方ですから、非常にリスペクトしています。事業を承継した二代目として大事なことは、創業者への敬意を忘れないことだと思っています。創業者にとって会社は自分の子どものようなものですから、経営から退かれたとしても関係がなくなるわけではありません。
先代社長には厳しく叱られたことも多々ありましたが、嫌だと思うことはありませんでしたね。なぜかと言うと、考え方の根底が似ていたからです。「人と同じこともやっていても勝てない」とか「やるからにはありとあらゆる手を尽くして徹底的にやる」といった仕事への向き合い方に共感するところが多かったんです。
仕事のアプローチの仕方が、先代はストレートだったのですが私はソフトにいくタイプなので、周りからすると先代は「強引」、私は「優しい」というイメージを持たれがちですが、根本的な考え方は同じだと思っています。私も仕事に対しては徹底的にやらなければ気が済まない方ですから。


― ご自身が社長になることは意識されていましたか?
SPECの社長になることは全く考えていませんでした。ただ、24、5歳の頃からプロジェクトリーダーを務め、20代後半から30代前半の頃からは会社の売上の6~7割を占める保険分野の責任者を任せてもらっていたので、経営者的な感覚はかなり早い段階から持っていたように思います。
部門責任者として経営的な数字の部分も全て扱っていたため、自分の部下を路頭に迷わせるわけにはいかないという思いは強かったです。当時、保険分野の事業を分社化するという話も出ており、そこの代表者であればとは考えていました。
自分よりも社歴の長い先輩社員もいましたし、先代が築き上げてきた組織ですから、重たすぎてSPEC本体を継承したいとは考えたことはありませんでしたね。それなので、SPEC本体を継承することが決まった時は、相当の重責を感じました。


― 社長になられてから苦労されたことはありますか?
以前上司だった方が立場的に部下になることもありました。社長に就任してからも昔の感覚で「磯部君」と呼ばれることもありましたが、急に変わるのも難しいでしょうから、今までどおりで結構ですという感じで接していました。継ぐ前と継いだ後でギャップを出したくなかったんです。
先代が採用し、育ててきた社員で構成されている組織を引き継ぐわけですから、全部が全部スムーズにいくことばかりではありません。ただ、そこで敵を作っても仕方がないと考えていました。

私の座右の銘は「無敵」です。戦って負けないことを無敵というのではなく、敵がいないことを無敵だと思っています。戦って勝ったとしても遺恨を残してしまいますからね。経営は99人の味方がいても1人でも敵がいるとやりにくいので、極力敵を作らないような立ち居振る舞いを心掛けています。
また、私は元技術者で現場主義的な考え方なので、社長になってからもしばらくは現場で開発に携わったりもしていました。経営者としてというよりはまず技術者として社員を牽引することで納得感が生まれ、尊敬してもらえるようになったのではないかと思います。


― 先代の時代から、変えるべきものと変えてはいけないものはありますか?
事業を承継するにあたって、一旦全部引き継ぐことを強く意識しました。「これはいる・いらない」ではなくて、良いところも悪いところも全て引き継ぐということです。先代の「石橋を叩いて壊す」それくらいの「慎重さ」も必要だと考えています。
ただ、慎重なだけでは先に進んでいくことはできないため、慎重さを踏まえた上で自分のオリジナリティを付け加えるようにしています。現状を維持するだけでは、進歩どころか退化してしまいますから。

この考え方に至ったのは、中学生の時に観たスタンリー・キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』という映画の影響だと思います。宇宙探索というストーリーの中でコンピューターの反逆などを描いたSF映画なのですが、実は人類の進化をテーマにした映画だと言われています。死が訪れた後、それまでの経験や知識を引き継いだ新しい生命が生まれるラストシーンが人類の進化を表現しているんです。
経営も人の生命と同じで、一旦全て引き継いだ上で自分のアイデンティティを加えることで進化することができるのではないかと考えています。進化なくして事業承継はできないという感じでしょうか。


― 磯部社長が付け加えていきたいアイデンティティとはどんなことでしょうか?
会社の創業から38年が経ち、開発会社としての性格が強くなってきていますが、ベンチャー企業だった時の精神に立ち返り、原点回帰をしなければならないと考えています。
SPECイズムの原点は「世の中に必要とされるサービスを創りだしていきたい」という想いにあります。世の中に便利なもの、役に立つものを生みだすために、ITが一番効果的・効率的なのでITを活用しているに過ぎないのです。

開発会社の衣はかぶっていますが、システムやアプリケーションの開発は目的ではなく、ITを活用して生み出したもので世の中が平和になったり暮らしやすくなったりすることに貢献するのがSPECという会社の存在意義だということです。
現代はいたるところにITが溢れていますが、ロボットやAIなどIT技術がなかった時代でも人は生きてこられています。そう考えると、ITは人が生きていく上で必要不可欠なものではないとも言えます。ITはそもそもなくてもいいものであるということを前提に、それでも今本当に必要なものは何か、これから必要になってくるものは何かという視点でビジネスの在り方を考えるようにしています。そのため、グローバルな観点で事業活動を行なっており、変化やトレンドについていくのではなく、むしろトレンドを作っていく会社でありたいと思っています。

若い社員であれば考え方をシフトするのは簡単ですが、長年勤めていると開発すること自体が仕事だと思い込んでしまう人が少なからずいるのも事実です。色んな考え方を持っている社員をどう動かして、どう活かしていくか、適材適所の組織づくりを考えています。
また、SPECのイズム・DNAを伝承していくために新卒採用には活発に取り組んでいます。やはり下が入ると上が刺激されますからね。現状維持を考えている上の人は、自分より優秀な若い人が入ってくることを嫌う傾向にありますが、あえて刺激を与えるために採用には力を入れているんです。
こういった話は、事業計画にも盛り込んでいるので、徐々に浸透してきていると思います。


― 具体的に取り組まれている事業について教えてください。
人口問題、農業、地域活性化という3つの大きなテーマに取り組んでいます。

システム化というのは根本的には人口問題と対応しているといっても過言ではありません。人口減少や高齢化が進むという社会的背景があるからITや機械化が必要になるのです。ITビジネスの根本には人口問題の解決があるということです。SPECでは人口問題への貢献するため、医療系のヘルスケア事業にも力を入れています。
農業の分野もTPPや食料自給率など色々と問題がありますが、これからは日本の良い農作物を海外に輸出していかなければならないと考えています。日本の自給率は40%と意外と高く、本気を出せば自給率100%も実現できるはずです。ただ、国際的な事情もあり40%程度に抑えられているのが現状です。生産余力があるのですから、ITを駆使して海外へ日本の農作物を輸出する仕組みを構築することができれば、日本の農業ビジネスは大きく発展することができるのではないかと思っています。
農業がITで活性化すれば当然地域活性化に繋がります。また、人口問題に貢献するヘルスケア事業においても、遠隔医療のシステムが実現することで過疎地域などの活性化に繋がっていくと思います。

現在、SPECで取り組んでいるビジネスは、この3つのどれかに当てはまっています。それぞれの社会問題に貢献しているという意識を持ってITビジネスに取り組んでいるのです。


― 今後の展望について教えてください。
中期計画を立てて実行し、4年ごとに計画を見直すというサイクルを実行しています。時代の変化をチェックしながら計画を立てているんです。その中期計画の中で5年かけて社員数・売上ともに2倍にするという目標を掲げています。毎年20%アップさせるということです。これはスイスの富裕層向けプライベートバンキングの運用基準が年利20%で5年後には預金額を2倍にするという仕組みに着想を得ています。
毎年売上を20%アップさせていくという目標は、単なるシステム開発会社であれば難しいかもしれません。しかし、「ITを活用して世の中に必要とされるサービスを提供し社会課題を解決する」というSPECイズムを社員一人ひとりがDNAにまで浸透させ、日々進化し続けられる企業であれば決して不可能ではないはずです。

その目標の実現のためにも会社の最大の財産である社員とは、同じ目線に立って心を許しあえる存在でありたいと思っています。
組織づくりや経営をする上でよく言っているのが「賢者は橋をつくり、愚者は壁をつくる」という言葉です。テリトリーを守るための壁を築くのではなく、人と人を繋ぐ橋を作らなければならないという想いを込めています。

先代から引き継いだ会社の基盤を更に強靭にし、社会に貢献する企業として成長し続けていきたいと考えています。


<社長プロフィール>
・磯部 剛史(いそべ たけし)
・1967年生まれ
・1986年入社
・2013年より現職
・2代目
・趣味:旅行、食べ歩き、映画、モータースポーツ(車・バイク)、釣り、廃墟めぐり、建築

<会社プロフィール>
・業種:IT
・従業員:100名以上
・理念/行動基準:
やりがい、情熱、達成感を持とう
レバレッジ(梃)人財になろう
常にグローバル化を意識して行動しよう
人財が最大の財産、人を大切にしよう
垣根にこだわらず、何か繋がるものをみつけよう
必ず自分もハッピーになろう
・創立:1980年

・株式会社SPEC(http://www.spec.jp/
・クリニックとつながる業界初の不妊治療支援アプリ『カラダからだ -神戸妊活版-』
http://kobe.karadakarada.com/

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