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異業界経験を進化のカギにして、同人誌の印刷会社を個人の宝ものづくりカンパニーへ


株式会社しまや出版
代表取締役  小早川 真樹



はじめに、しまや出版が何をやっている会社なのか教えてください。

名前から出版会社と思われがちなのですが、印刷・製本業を行っている町工場です。特に個人の方が趣味で作られる漫画や小説、いわゆる同人誌に特化した印刷・製本業務を行なっています。同人誌というと最近コミックマーケット*の認知度が高まってきて、漫画のイメージが強いですが、小説、料理レシピ本、写真集など、多種多様です。
*コミックマーケット…(通称コミケ。年に2回開催される世界最大の同人誌即売会)

創業は50年前で、ちょうど50周年になります。最初は十条の商店街で文房具屋としてスタートしまして、昔の文房具屋さんって、小さな印刷機を使って名刺や封筒の印刷をやっているところもあったのですが、義父がもともと日産のトラックの技術者で、機械いじりが好きだっこともあり、印刷機を導入して、封筒や近くの大学の印刷物などを受注していたそうです。そんな中、個人のお客さんから「私の本を作ってくれませんか?」と依頼されたことが、同人誌との出会いであり、今日のしまや出版のはじまりになったそうです。

もう40数年前のことですから、まだコミックマーケットが始まったばかりの頃ですね。その頃の印刷会社は、BtoBがメインでしたから大量印刷が基本で、個人の小ロットの仕事を引き受けるところは中々無かったんです。そこで「いいよ」と引き受けたら、同人誌活動をしている人たちの間で「十条のしまや商店が個人の印刷を受けてくれるよ」ってクチコミで広まったようです。その後お客さんが増えていく中で、ある時、文房具屋を辞めて印刷業1本になったという歴史があります。

創業当時の屋号は『しまや商店』。後に『しまや出版』になりました。同人誌印刷会社には「〇〇出版」という印刷会社がいくつかあって、個人の出版物を印刷しているということから、印刷会社なのに「〇〇出版」とつけているみたいですね。当初は義父・義母含めて数人でしたが、40数年経った今は20名の規模になりました。

いろいろな価値観が認められる時代になってきて、オタク趣味にも市民権が与えられてきました。その時代の流れと市場の拡大とともに、当社も成長し継続することができたのだと思います。



しまや出版の強みというと、どんなところでしょうか?

まずは、印刷業界全体から見れば、同人誌印刷というニッチな分野にアプローチしているところですね。同人誌印刷業界から見れば、ウチは40数年間途絶えることなくやってきた実績があります。同人誌の老舗印刷企業として培ってきたノウハウというか、個人のお客様とのやり取りには自信があります。その思いは、当社のキャッチコピー『初めての方“にも”優しい同人誌専門印刷所』に集約しています。

特に大切にしている考え方は「宝もの製造業」です。お客様にとっての宝ものをつくるお手伝いをしているという考え方ですね。お客様は1冊の本を作るにあたって、何か月もかけて原稿を制作しています。その想いのこもった原稿をお預かりして、うちで印刷し、そして製本して、一冊の本に仕上げます。その本は、もうお客様にとっては「宝もの」そのものなんですね。だから僕らは「宝もの」を製造している会社だと。スタッフにはいつもしまや出版は「宝もの製造業」なんだぞ、と話をしています。
 また偉そうに聞こえてしまうかも知れませんが、この業界を裏方で支えてきたという責任感です。同人誌の業界は新陳代謝があります。歳を重ねたり、家庭を持ってフェードアウトしていく人もいます。だからこそ若い世代10代・20代のコたちが興味を持って、同人誌を作って、次の世代も同人誌の世界が続いていくというのが重要なんです。

僕がここに来た時、もう10年くらい前になりますが、同人誌づくりって僕のような素人から見たらハードルが高かったんですよ。仮に興味があってもどうやって作ればいいか分からない。やっぱり誰かが教えてあげないと若い世代の参入、市場の新陳代謝って難しいなぁと考えたとき、「僕たちで出来ることをやろう」と思ったんです。初心者の方に、どこよりも丁寧に、原稿の作り方、印刷のルール、この業界のことなど、そういうものを教えてあげられる存在になりたいって。そこがこの企業キャッチコピーに繋がっていきます。

このあたりが当社の強みというか特徴だと思っています。



小早川さんがどんな生い立ちを送られてきたのか、聞かせてください。

僕の実家は八百屋だったんですよ。父や母が働いている姿を毎日見てきました。家族経営だったので、親がご飯を食べている時は誰かが店にいないといけないため、僕は小学生の頃から店番もしていました。きゅうり1本って30円くらいなんです。安いからたくさん売らないと売上にならない。でも仕入れすぎれば野菜だから腐る。売れないで腐っている野菜を捨てている親の姿を見て商売の難しさを感じたり、父親がいろいろDIYをして店を工夫している姿を見て、仕事っていろいろ考えて実行しなきゃいけないんだって子供心にも感じていました。そういうのを見て幼い頃から商売の心構えはできていたのかもしれませんね。

仕事って、「誰かに言われてするというよりは、自分がやらなきゃいけない」という意識は昔から持っていた気がします。なので、社会に出てからサラリーマンをやっていましたけど、頭の中では「いつの日か自分で何か仕事をして、一国一城の主になるんだろうな」と思っていたんですよね。

大学では教職課程を取っていました。でも教師になるなら「社会のことも知らないと」って思って一般企業への就職を考えていたんです。そして当時「駅前留学」で有名だった英会話スクールのNOVAに就職しました。TVCMをバンバンやっている成長企業だったんです。英会話が特に好きだったわけじゃないのですが、教育をビジネスにしているってことと、伸び盛りだったことに興味がいったんですね。NOVAでは2年目に念願だった広告事業部に配属され、CM撮影の現場に行ったり、雑誌や新聞の広告担当をしたりしたんです。当時僕が持っていた年間広告予算が3億でしたから、20代の若造が一人で3億の広告予算、おかしな会社でしたね。でもここで、広告やプロモーションの基礎を学ぶことが出来たのは、今でも感謝しているところです。NOVAを6年勤めて、次に入ったのがベンチャー・リンクというコンサルティング会社でした。焼肉『牛角』や車買取の『ガリバー』、中古ゴルフの『ゴルフパートナー』などを日本全国にフランチャイズ展開したコンサル会社です。NOVAを辞めて、さらに成長している会社に入ったという。僕が入社した翌年に東証一部上場しましたからね。そこで感じたのは、「世の中にはこんなにも頭のいい人達、仕事ができる人達がいるんだ」と。とにかくみんな仕事が出来るんです。もう自分の至らなさを思い知らされて、もっと頑張らなきゃって感じていた、ただただ挫折の2年間でしたね。

その後、ベンチャー・リンク時代の先輩に誘われるカタチで無線通信機器を扱うベンチャー企業へ転職しました。その会社では、営業~企画までいろいろ経験して、社長の下で仕事をさせていただくことも多く、経営幹部としていろいろ経験させてもらいました。この会社でやっていくのかなぁと思っていたのですが、義父が急逝したのです。妻と入籍して3か月目の事でした。それがしまや出版へ転職したきっかけです。



事業承継は、どのように行なわれたのですか?

しまや出版の当時の社長は、妻の父親だったんですが、その義理の父が亡くなったのが本当に突然だったんです。僕は妻と入籍したばかりで、結婚式もまだだったので義理の父とほとんど話をしたことがありませんでした。挨拶に行ったとき、結納のときとほんの数回ですね。そんな感じだから会社のこと、仕事のことを義父と話した記憶は無いんです。

会社は、妻の親族のほうでは「会社は畳もう」という意見が多かったんです。でも清算するにしてもまずはどうにか続けなければならないので、義理の母が代表取締役になりました。

当然相続など含めて家族会議が行われまして。妻は3人姉妹の末っ子なんですが、長女・次女夫婦共に実家を継ぐ気はない、廃業すればいいと。僕は結婚したてで発言権など無いですからね、聞いているだけでしたが。そしてある日のことなんですが、義母と二人きりになった時に「うちはいい会社なんだよなぁ」「いいお客さんが沢山いるんだよなぁ」「借金もないしなぁ」とつぶやいていて。「じゃぁ僕がやりましょうか」と言うしかないじゃないですか。転職をする決意をしたんですね、この時に。入社後に分かりましたけど、結局借金は沢山ありましたよ。

後継者になるという気持ちはあったのですが、相続問題もありまして、何せ新参者ですので。まずは実績をつくるために、本部長という肩書で1年間やりました。翌年、ある程度会社のことを理解したので、取締役になり取締役本部長の肩書で2年間。そしてある程度社内の実績を作れたので、4年目に代表取締役になったという形ですね。

義父が社長の時代から義母が、財務、経理を仕切っていましたので、義父が亡くなり、僕が現場に出てマネジメントをする中でも、お金の心配は一切せずにできたというのは大きいですね。銀行さんとのやり取りなどは全部やってくれていたので。そして義母と話し合って、僕が代表取締役になったタイミングで、会長職にも留まらずに、経営からは完全に退いていただきました。

二代目の方の多くが、先代の仕事を見たり教わったりしていると思うのですが、僕にはそのような機会がありませんでした。そして、印刷の経験もありません。だからこそ、フラットに「この会社が次にやらなければならないこと」が見えたのだと思います。

印刷業がお客様に向いたサービスに変わらなければならない。もっとネットやSNSを使ったPRをしていかなければならない。そういう時代の流れがあって、外から来た僕にはそれが見えましたし、変えていくことができました。しかしそれは、先代が作り上げてきた質の高い仕事のベースがあったからこそできたことです。


会社を引き継がれてから、直面した課題はありますか?

ひと言でいうと、「いわゆる町工場からの脱却」でしょうか。事業継承して最初に着手したのは、スタッフと話すことです。僕のことも知らないだろうし、僕もみんなのことをくわしく知らないので。話始めたら、結構現状に対する不満や問題が多かったんです。例えば、朝と帰りの挨拶以外1日中誰とも話さないとか、事務方と工場の確執とかも珍しくなかったんです。たしかに町工場ってそういうものかもしれませんが、このままでは若い人は辞めちゃうなと。そこで、社員同士の挨拶をはじめ、社内のコミュニケーションを活発にする仕組みを作りました。

あと、ジョブローテーションを徹底してやっていますね。以前の工場メンバーは良くも悪くも職人の世界で、「この機械をこの人間がやる」っていうのが当たり前。自分の目の前の仕事だけを見ていた感じです。今では仕事を1つ覚えたら次の仕事っていう形で、ジョブローテーションをして、1人の人間が多くの機械、多くの業務ができるような多能工の体制にしています。ウチに来て10年目の女の子がいるんですが、自分で同人誌の原稿を描き、面付用データをつくって、自分で刷版して、自分で印刷して、自分で製本してと。今では最初から最後まで1人で本をつくることができるコも出てきました。この同人誌業界の仕事には繁忙期と閑散期があるんですよ。同人誌って即売会というイベントに合わせて依頼が増えますから、コミケの時期など忙しいときは本当に忙しい。多い時期に合わせて従業員を確保していれば閑散期には人件費で赤字になるため、今いる人たちのパフォーマンスアップが重要なんです。だから1人で何役もできる人材が増えると、繁忙期に対応しやすくなるんですよね。このような業界と時代に合わせた変革を少しずつ行なっています。


最後に今後の展望について教えてください。

印刷業界ってシュリンクしていく業界で、事実、同人誌印刷業界も確実にシュリンクしていくと思うんですよ。電子書籍化の波もありますし、個人の多くがいつまでも紙の本をつくるとは思っていないので。「どう僕らは生き残っていくのか」というのが、大きな課題ですね。ウチも40数年この業界でやってきている老舗なので、プライドとしてこの業界がなくなるまで、絶対にこの業界とともに生きていくという気持ちを持っています。

漫画をつくるってすごい労力がかかるんです。楽しいことは他にたくさんありますから、苦労してまで漫画をつくらないとは思うんです。ただ一定層は必ず同人誌を愛して続けてくれると思うので、その人たちがいるかぎり、僕らはこの業界をずっと継続していきたいというのが、大きな目標といいますか、夢といいますか、僕らの責務だと思っているんです。この業界の黎明期からやってきた以上、僕らは100年続けてやっていきたいと思っているんですね。

ただ実際問題として、同人誌だけで食っていけるんですかって時代も来ないとも限りません。そこに向けて僕らとしては、いろんなことを取り組んでいく必要性を感じています。ドメインの変更もその1つです。「同人誌の印刷製本会社」ではなく、「宝ものづくりの会社」というドメインで、いろんな宝ものづくりのお手伝いができる企業になっていきたいと考えています。

例えば、自分史だったり、絵本だったり、社長さん本だったり。紙媒体っていろんなものがあると思うんです。ただ僕らは、あくまで今までは同人誌、個人の方が趣味で作る本というカテゴリーの中で生きてきたので、興味をもうちょっと広げていくという気持ちですね。宝ものづくりとなれば、同人誌にこだわりすぎることなく、僕らの仕事の領域も広がると思っています。会社って、やっぱり「人」がカギなんです。僕たちの夢を叶えられるかどうかも、社員がどう育つかにかかっています。ウチは社内に優れた人間っていないんですよ、僕を含めて。フツウの人たちばかり。そのフツウの人たちがどう努力して成長するかが、今後のウチの経営を左右する重要な点なんですよね。でもだからこそ「ウチは伸びしろの多い会社だ」って僕は言っているんですけどね。なので、経営者としては、社員の成長機会をいかに増やしていくかを考えて、宝もの製造業としての未来像を創り続けなければならないと思っています。




<インタビュー情報>

株式会社しまや出版
代表取締役  小早川 真樹
会社ホームページ http://www.shimaya.net/

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