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世界に発信することを見据え、地域に貢献できるような店舗作りに邁進

有限会社サンビシット
 代表取締役 吉田 琢

現在の会社概要と創業からの歴史について教えてください。

飲食店の経営がメインですね。牛角2店舗と、がブリチキン、唐揚げ屋等ですね。それと一応、祖父の代から、ヨシダデンキという町の電気屋を経営しているので、街灯の電気交換とか、そういうことは、頼まれればやります。

会社構成は、代表が私で母が常務で父が取締役という3名体制です。正社員は5名です。飲食店ですので、あとはアルバイトの方々が60名程います。

祖父が地元の柏市で電気屋をやっていて、そこに父が婿養子として入ってきました。父が継いだのですが、やはり新しい事業をやりたいという想いがあったみたいで、飲食という道を選んだそうです。未経験だったんですけど、当時は牛角の勢いがあり、一気に出店していった時期で、牛角下高井戸店を出すと大当たりしました。その勢いのまま、牛角練馬店を2001年にオープンしたところ、その練馬店も当たりまして、両店共に、月に1,000万売る店舗になりました。その後、店舗を増やしたんですけど、ブームが去っていったというのもあり、失敗しましたね。オープンしたのですが、結局店舗は畳むことになってしまい、最終的に残ったのが、牛角の2店舗です。

吉田社長が入社するに至った経緯を教えてください。

会社自体、牛角2店舗を経営していたんですけど、ブームが去っていることもあり、人が付いてこなくなってしまい、1年とか経たず辞めてしまうということが続いていました。会社自体畳もうかという話にもなっていました。その時、私は20歳くらいでした。将来的には、憧れの藤田晋さんのような経営者になりたいという目標があったのですが、業種に関しては父の影響なのか飲食しかないと思っていました。将来的に飲食で独立するのであれば、そのまま会社を継いでしまった方がいいかということを思い、大学を卒業する前に、入社し会社を継ぎました。21歳の時ですね。


会社を継がれてから取り組まれたことなどはありましたか?

会社自体は、だいぶ傾きかけていた時期でしたので、何とか立て直さなければという状況だったんです。まず行ったことが、社員を集めることです。社員は私1人しかいませんでした。実際には1人で見ようと思ったら、何とか頑張れたんです。ただ自分の思いとは裏腹に、毎日現場でしっかり見てくれる人がいないというのは、アルバイトの方々から不満を生む結果となりました。そこで、ある日、営業が終わってから、私の小学校、中学校、高校、大学時代の友人に電話をかけまくりました。「社員になる話があるんだけど、ちょっと会ってくれないか」というような誘い方をしましたね。大体は簡単に断られましたのですが、大学時代の友人が1人、話に乗ってくれて、一緒にやろうということになりました。彼は今や私の右腕で大活躍してくれています。23歳の時で、2人で新たなスタートを切りました。

企業理念はありますか?

「人の笑顔と幸せを追求し、町の家族になる」というのが理念です。これは、私が23歳の時に作りました。当時、私自身が現場からほとんど抜けられずにいたんです。社員やスタッフの方とコミュニケーション不足になっていたので、統一したキーになるような言葉はないかと考えていました。その時に、僕が駆け出しの頃に、お客様からお手紙を3枚ほど頂いたことを思い出しました。そこには、「お店に通っている者なんですけど、あなたが頑張ってくれているから、この店に通おうと思います」ということが書いてありました。お店は良くない時もありながらも、今こうして巡り巡って来てくれているお客様がいてという中で、お客様も僕たちを応援してくれる家族の一人のような方だと気づいたんです。そこで、先ほどの理念を作りました。

ここで少し、吉田社長ご自身についてお聞きしたいと思います。どのような幼少期・少年時代を過ごされましたか?

幼稚園からずっとサッカーをやってきまして、小学校の時に、柏選抜に選ばれました。今、日本代表に選ばれている、酒井宏樹という選手と選抜で一緒になり、仲良くなりました。私の中では、「こいつはプロにはなれないんじゃないか」と思っていたんです。もう1人、JEF千葉に行って活躍している、指宿洋史という選手がいまして、この方は当時の実力は超化物で、「絶対こういう選手がプロになる」と思っていました。私も、「こいつに負けないように頑張ろう」と、サッカーをずっとやっていたんです。結果としてどうなったかと言うと、酒井宏樹が日本代表にまでのし上がり、指宿は、プロにはなりましたが、トップまではいけませんでした。その理由は今となれば分かります。技術うんぬんだけではなくて、メンタルなんです。酒井宏樹はとにかく、メンタルが強く、向上心がずば抜けていますした。もちろん、指宿にそれがなかったとはいいませんが。それは、すごく学びましたね。僕自身は、一度サッカーで挫折し一番の弱小中学に進学し、そこでベスト8になったんです。それで、また柏選抜に入り、色々な高校からスカウトを受けました。流通経済大柏高校という、全国優勝もするチームからスカウトが来ましたし、あとは東京のチームと、同じ千葉県のチームと、それ以外に親が選んだ東洋大牛久があり、「どれか選べ」となったんです。その時は、プロになりたいという目標があったので、どうしようかと考えた時に、流通経大柏高のセレクションに1回行ったんです。そこには、レイソルのジュニアユースのユニフォームを着た選手とか、ヴェルディ東京のユニフォームを着たメンバーがたくさんいて、その時に、「ここでまた挫折したら怖いな」ということがよぎってしまったんです。結果として、親が選んだレールのところに乗っかったんですね。東洋大牛久でも、茨城県ベスト8になり、本当に高校3年間サッカー一色だったんですけど、「楽しい」で終わっちゃったんです。自分のメンタルの弱さがもろに出ていますよね。こんなメンタルでは、プロなんか到底無理ですよ。


経営者であったお父様から学んだことはありますか?

僕が継いだ後に、売上330万円の店を500万円まで売れる店に変えたんです。ただ、最初は、どう頑張っても全然お客さんが来ないわけですよ。夜中に、一人でチラシをポスティングしたりと色々やっても全然来なかったんです。「どうしよう、どうしよう」と悩みましたし、焦りましたよね。その時、父が店舗に来たんです。ちょっと階段が汚れていたんですよね。そしたら、「琢、お前、こういう階段とか店内の掃除、隅々までやる意識がお前は薄れている。これを掃除して、店が綺麗な状態にならないとダメだ。まずそこからだな」と言われたのです。「外じゃなくて、1回内に目を向けてみろ」ということですね。ハッとさせられましたね。視野が狭くなっている時こそ、内側を見るということを学ばせていただきました。

 継がれてから、困難なことは多かったと思いますが、どのようなことがあり、どう乗り越えられてきたか教えてください。

継いだ時は、銀行からお金は借りてはいなかったんですが、赤字を垂れ流している状態でした。「とにかく、店舗の売上を上げなければいけない」まずは、そこからスタートですよね。そのため、まず色々な飲食店に食べに行きました。自分たちとの違いは何なのか。朝礼が有名な店もそうですし、流行っている牛角の店舗など、多方面にベンチマークしに行きました。それと、多くの方にお会いさせてもらいました。特に飲食に詳しい方ですね。マインドの部分、ソフト面とハード面について、ファン作りの方法、1組1組のお客様にどう感じてもらえるかというところで、多くを学ばせていただきました。それらの中から、自分の店舗に合うものは何なのか、熟慮しました。例えばですが、乾杯の音頭を取るなど、工夫しましたね。すると、徐々に売上は上がっていき、最終的に練馬店で言うと、継いだ時の1.5倍ほどの売上を上げるお店になりました。そういう意味で、まずは低迷していた売上を上げるということが苦労して乗り越えたことですね。

ただ、売上重視だったため、別の問題が出てきました。細かいマネージメントができなくなっていたんです。そうすると、お客様からクレームが出てくるんです。でも、その時は、「店が売れてきているんだから」という思いで、少し蔑ろにしていたんです。ただ、当然ながらクレームは止まりません。ここで、そもそも何でこのお店をやっているんだと立ち返らないといけなくなりました。その時に、私を思いきり叱ってくれる方と出会いました。その方に、「大切なものは何か、なぜ、飲食店を経営しているのか」という話をしていただき、「あっ」と気づくことがあったんです。今まで大事にしていたものを、もう1回取り戻せた瞬間でした。「商売として一番何を大切にしなきゃいけないのか、それは、お客様だ」ということです。そこから、お客様のための店舗作りということに励みました。社員・スタッフとの関係も変わりましたね。皆が意見を出し合う状況になっています。特に、自分の右腕となる人間とは考えをぶつけたりとか、ぶつけてきてくれたりできる関係が構築でき、今では何でも言える関係になりましたね。


経営をしていく上で、大切にされていることはありますか?

経営を立て直す等の経験により、人との出会い、繋がりがどれだけ大事なのかということを本当に感じています。多くの方と出会う機会が多いのですが、ただ、名刺交換して少し話をして終わりとするのではなくて、よりよい関係を築けないかと考えるようになりました。素晴らしい方と出会うことで、今まで経験したことがなく、見えていない世界に関して、どうすればその場所に行けるのか、ということを教えていただけました。新しい世界が見えてくるようになると、次はより自分がやりたいことをやろうと思えるようになるんですよね。

父に対しては、心の面で尊敬をし、経営手法やそのあり方という部分は、本当に多くの方から勉強させてもらって、今までがあるんです。だから、「人は人で磨かれる」と言われることがありますが、まさにその通りだなと。

それと、私は、飲食業は人材育成業だと考えています。人間として、社会人として成長できる業界です。それに加えて、我々は地域を発展させる、地域を活性化することにも貢献しなければならないと強く思うようになりました。そのため、町の資産になるような店舗を作っていくことを意識していますし、皆に伝えています。多くの飲食の経営者や今後の展開を考えた時に、自ずと出てきた考えでした。

アルバイトの方でも、これからうちの会社でやっていきたいという地方の方が多くいらっしゃいます。本当に色々な地域の方がいます。例えば新潟、岡山、埼玉、長野など、関東近辺じゃない方も多くいます。その方々が東京に出てきて飲食の道に進んでいった時に、中には「絶対飲食で成り上がっていく」ということを第一の目的にしている方もいます。そこには、新潟や岡山などの地域の良さを関わっている飲食店を通して発信したいのではないかと僕自身が思うようになりました。父が秋田出身なので、秋田の特産物を秋田から仕入れて、東京で商売して、世界に発信していこうじゃないかという話ですね。

人材教育、人材育成の観点についてのお考えや実践されていることについて、教えてください。今後の展望について教えてください。

社員という観点でお話をさせていただきますと、結構単純ですが、飲み語らうことを大事にしています。月イチ、1対1で飲むということを実践しています。その時には社員の方がどう思っているのかということをちゃんと聞く、話せる場にするようにしています。私は、現場に入った時に、その場で社員を叱るということは絶対にしません。1対1になった時じゃないと叱らないんです。現場では、店長が仕事しやすい、スタッフに物事を伝えやすいような環境を作ってあげるというのをすごく大切ですからね。現場に私の影響をあまり出さないようにしています。

それと、飲食業は、肌で感じていいか悪いか決まる産業だと思うので、いいお店に連れて行くようにしています。ちゃんと目で見て、感じてもらって、それをどのように自分たちの店舗に活かすかということを考えてもらうということを実践しています。


これからの飲食業界に求められるものという観点で、お考えはありますか?

飲食業界は、サイクルしていくんですよね。例えば、今は大衆居酒屋ブームですけど、今度は総合居酒屋ブームみたいなのが絶対にくると思っています。かつ、これからはAIやロボットが出てきます。今でも、チェーン店の注文はほとんどタッチパネルになり、人材がいらないと言われるようになってきています。UberEATsなんかは、本当にすごく便利ですよね。「外に行かなくてもいいな」と思ってしまうのも分かります。こういう中で、何でわざわざ外に出て食べるのかということになりますよね。そこは、やはり人と人との繋がりに行きつきますよね。好きな人と会うため、楽しく会話できる場所だから、そのお店の店長・店員の温かみが心地いいからなどですね。誰かに会いたいと思って行く場所、行くスペースなんです。
お客様の中には、会社で嫌なことがあったら飲んで忘れようみたいな方もいますよね。「よし、明日も頑張ろう」という気持ちになれる場所なんだと思うんです。ですから、重要なことはサービスを良くすること、快適な空間を作ることです。求められていることは、お客様を元気にすることです。サービス、料理、全部含めてですね。あとは、やはり地域を応援・支援することを飲食には求められますよね。例えば、震災地域から食材を仕入れて東北を盛り上げようというようなことですね。また、地域に埋もれているものを掘り起こして、新しい付加価値を付けて出すことも、本当に求められてきているのかなと感じています。その上で、日本の至る地域から世界に日本食文化を発信していけることが必要なのかなと思っています。

最後に、今後の会社の展望について、教えてください。

これからの5年で地域を活性化できるような店を増やしていきたいですね。その後に、秋田の方では、農場を買って、少し一次産業の方に入っていきたいなと思っています。今の社員や方の地元なんかに弊社の取組みを発信できるようにして、皆が自慢できるような会社にしていきたいですね。そのためには、会社で利益をしっかり作れる仕組みを作って、ちゃんと社員が、結婚を当たり前にできるような体制を、これから作っていきます。しっかりとお金を稼げる会社にします。

飲食店舗は、10店舗までしか拡大しないともう決めています。それ以上行くと、全体を見れなくなりますからね。そこから独立したい方がもし現れるのであれば、10店舗のうち1店舗を譲って、もう1店舗作って、みたいな、10店舗を維持できるような体制を作っていこうと考えています。飲食業は、ずっと現場でみんなが働けるわけではないので、「次はこういうことをやっていけるよ」というようなことで、一次産業にも入っていければと考えているんです。一次産業というのは、付加価値を付けていけば、これからの出会いの中で世界と繋がる機会もあるかもしれません。そうすると、秋田発世界へ、ということも夢ではなくなります。

そういったビジョンの中で課題となるのが、店舗開発力ですね。ここがまだ弊社は弱いです。今は、人の手・力を借りてやっていますけど、今後は、自社で開発だったり、独立したいと言える方を抱えられるような仕組みを作っていけたらと思います。あとは、財務ですね。今後は、正確な生きた数値をしっかり出して、それをベースに目標を立てて経営していきたいです。



<インタビュー情報>
有限会社サンビシット
代表取締役 吉田 琢

■店舗情報
・「炭火焼肉酒家牛角」下高井戸店 
​​​​​​​https://tabelog.com/tokyo/A1318/A131809/13028272/
・「炭火焼肉酒家牛角」練馬店
https://tabelog.com/tokyo/A1321/A132101/13028258/

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