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美容を通じて人々の心が豊かになる商品、心のこもったサービスを提供し、社会の発展に貢献する

株式会社セフテイ
 代表取締役社長 川之上 学


創業から現在に至るまでの変遷について教えてください。

セフテイは化粧品メーカーなのですが、自社工場を持たずOEM工場を使って商品を製造する、いわゆるファブレスメーカーです。創業者の岡部健夫は日本初の男性美容師で、1930年に銀座で美容院を開業し、美容院を経営する傍らセフテイの前身となる美容材料卸売業を創業しました。

株式会社としての設立は1957年。設立当時は銀座美容商事という名称でした。代官山に所在地を移転してからは現在のセフテイという名前に社名変更しています。実は日本初となるコールドパーマを開発したのも当社なんです。

現在もヘアカラーやパーマなど美容室で使用されるプロ向けの美容商材を主に取り扱っていますが、最近ではエンドユーザー向けの商品開発や東南アジアなど海外進出も始め、総合美容メーカーとして事業展開をしています。

創業者の時代から社章にもなっている「スリーヘアーズマーク」は今も変わらずに継承しています。3本の髪の毛がそれぞれ、販売代理店、美容室、セフテイを表しており、この3者が協働して「美容室に来るお客様のために」という共通目的の下、大きな繁栄の輪(和)を築いていきたいという想いが込められているんです。
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セフテイに入社して社長に就任されるまでの経緯を教えてください。

私がセフテイに入社したのは2003年。入社以前は証券会社や外資系の製薬会社を経て画像ソフトウェアを取り扱うベンチャー企業に勤めていました。その頃、当時セフテイの3代目を務められていた社長に声をかけていただいたのがセフテイに入社したきっかけです。

それまで営業マンとして一定のキャリアは積んできたつもりでしたが、化粧品業界の経験はなくここで実績を出さなければ認めてもらえないと思っていたので、入社してからはとにかく数字に拘って実績を出せるように頑張りました。

営業として数字の出し方は分かっていたので、業界特有のクセを掴むことですぐに実績を上げることができました。結果的には入社して1年で課長になり、次長、営業企画部長と数年毎にステップアップして、営業部長を4年間務めた後、入社して9年目には営業本部長として役員に就任することになりました。

劇的なスピードで昇進することができたのは、平社員の時は課長の目線で、課長の時は次長、次長の時は部長と目線を高くすることを心がけて仕事に取り組んできたからだと思います。

役員になった翌年2012年に代表交代して社長に就任。役員を務めていたときに社長になるのは近いと感じていました。社内的にもそうですが、取引銀行など社外的な期待値も高かったので、就任する前から経営者になる覚悟はできていたんです。



社長に就任されてからどのようなことに取り組まれましたか?

社長に就任する以前、営業企画部長だった時代から事業の見直しは進めていました。当時、代理店を介さずに直接美容院に商品を卸す直販の営業部門があったのですが、見かけ上の売上げは大きいものの中を開けてみたら大赤字だったんです。

十数人直販の営業マンがいて、美容室を一軒一軒回るわけですから利益率がいいはずありません。全体の売上げが落ちていることは覚悟して、直販事業部を業界大手の代理店に事業譲渡することを決めました。

就任前から様々な改革には着手していましたが、社長になる前となってからとでは全然違うなと思いましたね。この難しい時代、事業を伸ばしていくことがこんなにも難しいとは思いませんでした。現在も悪戦苦闘しているところです。

社長になってからまず取り組んだのは組織改革。人は簡単に変われるものではありません。特に中小企業は人材が豊富なわけでもないですし、人を育てようと思ったら仕組みや仕掛けを工夫するしかないと思ったんです。

外資系の製薬会社で働いていた経験から能力主義を導入しなければならないと思い、年功序列の評価制度は撤廃しました。社歴が浅くても女性であっても頑張っている人は引き上げていくというスタンスに切り替えたんです。

勇気のいる決断でしたが、組織改革に着手してから社員一人ひとりの中で仕事そのものに対する意識が変わってきたように思います。


人材や組織の面で大きく変えられたのですね。

よく社員のモチベーションを上げなければいけないと言われますが、人の頭の中にあるモチベーションなんて目に見えないじゃないですか。目に見えないものを操作しようとしても上手くいかないと思っていたので、会社の仕組みを変えることにしたんです。

業務に関する管理も十分にできていなかったので、様々なところで管理をしっかりするような仕組みも構築していきました。当時は各々が個人プレーで働いているような状況で、組織的に仕事をする仕組みを実現するのに4~5年はかかりましたが、現在では完全に組織として仕事に取り組む風土が根付きました。

組織づくりにあたって一番影響を受けたのは主にアメリカの企業を対象とした「ビジョナリー・カンパニー」という書籍。アメリカの企業は様々な人種の人材で構成されるため、いわゆるルール主義、会社の価値観にカチッとはめていくやり方なんですね。一方、日本の企業は単一民族が前提となっているため、同じ社会環境で育ってきたから言わなくても分かるだろうと往々にしてルールが緩かったりするんです。

ただ、ウチで働いてくれているのは日本人なので、アメリカ型と日本型の折衷のようなイメージで組織のルールを構築することを意識しました。私が社長に就任する前の会社を知っている人から、まるで別の会社かと思うくらい雰囲気が変わったと言われましたね。



その他に変えられたところはありますか?

恣意的な人事にならないよう内勤の社員も含めてパフォーマンスを数字で見える化して、客観的で公正な評価制度を導入しました。頑張っている成果が数字で公正に評価される仕組みは、社員たちが働く上でかなり大事なことだと思うんです。

見える化という観点では、イントラネットを整備して営業マンの活動情報を全て集約するシステムを構築しました。数字も含め全ての情報を一元化し、全社員が見られるようなオープンな仕組みになっています。社長に就任してから半年でこのシステムを運用しはじめたので、システム担当の社員は本当によく作ってくれたと思います。

また、セフテイ社員としてあるべき姿を「六つの姿勢」として明文化しました。①プロイズムの徹底、②旺盛な向上心、③謙虚さ・素直さ、④ビジネスマインド、⑤責任感、⑥サービスマインドの六つです。

私はプロフェッショナルとして働くことを非常に大事にしているため、一番はじめに「プロイズムの徹底」を掲げました。プロ野球選手とアマチュア野球選手の違いは、野球で給料をもらえているかどうかですよね。我々は仕事の対価として給料をもらっています。それをサラリーマンと言ってしまうのではなく、プロと言われるような自覚を持ってほしいと思っているんです。

そして、一番大切だと思っているのが六番目のサービスマインド。これは、美容を通じて人々の心が豊かになる商品、心のこもったサービスを提供し、社会の発展に貢献する姿勢を意味する言葉です。社員全員がお客様目線にならなければいけないし、目の前の仕事だけでなく、その先にあるマーケット全体を見渡す視点を持ってもらいたいという思いを込めています。


 今後の展望を教えてください。

今後、日本の人口が減ることは確実なので、会社としても単一マーケットだけでは必ず縮小していってしまいます。我々としても社会の変化に合わせて多様化していかなければなりません。五ヵ年計画の中で美容業界の売上げだけに依存するのではなく、事業部門ごとに多様化していくことを目標として打ち出しています。

ヘアケアの業界では、創業して10年で年商百数十億円まで急成長したベンチャー企業も存在します。Instagramなどネットや口コミを使うことで成功した企業としてベンチマークしていますが、今は色んなことを試行錯誤している段階です。

こうやったらこういう結果が出るという成功事例を早く掴んでスピード感を持って成長していきたいですね。今は普通にやっていれば成功するという時代じゃありませんから。

社員たちに会社の方針を明確に示すため、中長期の経営方針を定めるようにしています。短期計画だけだとどうしても目先のことだけになってしまうので、中長期的な視野で会社が目指すビジョンや数値目標などを明示することによって、はじめて社員が長い目で見てくれるようになるからです。

ここ5年間は社内改革の連続だったので、次の5年は外部環境やマーケットを見ながらセフテイとしてどのようなビジョンを実現させていくのを示していくつもりです。経営は資金繰りも含めて日々現実と向き合っていかなければなりません。だからこそ経営者が夢を持つことが大切だと思っています。​​​​​​​




<インタビュー情報>
株式会社セフテイ
代表取締役社長 川之上 学
会社ホームページ http://www.safety-co.jp/

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