秋田県の自然が育んだバラとミツバチの商品を通して、健康で幸せな生活のお手伝いを

株式会社ローズメイ
代表取締役  原田 青



御社の事業内容を教えていただけますか?

創業当時から続いている、「バラ」と「ミツバチ」を原料としたこだわりの商品を自社工場で製造から出荷まで全て自社で行っています。

ローヤルゼリーR240の製造・販売を開始してから43年が経ちまして、今は良質な蜜蜂産品が採取できる秋田の地に製造拠点を構えています。ローヤルゼリー、プロポリスなどの健康食品をはじめ、ハチミツを使ったジャムなどこだわりの食品を、添加物を使わず一つ一つ手作り、愛情を込めて製造しています。

メインの事業であるカタログ通販・ネット通販などの通信販売事業のほか、卸売り、デパート等での催事もやっておりますし、2017年には秋田県角館駅前に初の直営店「ローズメイカフェ・ファクトリーショップ」を開店いたしました。



創業から現在に至るまでの沿革について教えてください。

私の祖父が創業者で、1955年にローズメイの前身である「双洋物産」を仙台の地で創業しました。もともと、お酒の四季醸造のシステムを作ったのがはじまりと聞いています。そのほかにもガラスメーカーの販売代理店をしていたこともあったようです。

その後、祖父が体調を崩した際に出会ったローヤルゼリーに助けられたことが現在の事業に繋がっています。玉川大学ミツバチ研究所との共同開発によって、ローヤルゼリーの開発に成功したのが1975年。そこから弊社ローヤルゼリーの通信販売がスタートしましたした。

1980年には、製造拠点を秋田県に移しました。ミツバチやローヤルゼリーの製造元が秋田の養蜂家さんだったので、緑溢れる場所で新鮮なものを加工し、お客様にお届けした方が喜ばれると思ったのがきっかけです。通信販売がメインなので出荷場所に縛られないのが弊社の強みでもあります。

1990年には、ローヤルゼリージャムやハチミツを使ったペーストなどの食品を開発し、秋田事業所敷地内で育ったダマスクローズを原料としたローズウォーターの製造を開発したのが2007年 です。ここから製品ラインナップに化粧品が加わりました。



原田様がローズメイに入社された経緯を教えてください。

高校卒業後に留学したシドニーで7年間暮らしていました。シドニーの大学を出てからは会計事務所に就職予定で、会計の仕事をしながら永住権を取る準備までしていたのですが、突然父が迎えにきたんです。雇用通知書を持って(笑)。

私は次男なのですが、兄にはもともと家業を継ぐ意思がなかったため、祖父が昔から私を継がせるというような話をしていたのは覚えています。雇用通知書を渡されてから1ヶ月間は本当に悩み抜きました。そして、いずれ継ぐ、という覚悟をした上で日本に戻りました。

シドニーの生活に終止符を打ち、強い意思を持って入社できたのは、幼少期から祖父や父の背中を見て育ったからです。秋田の養蜂家さんたちと一緒に過ごすことも多かったため、ハチミツやミツバチの世界は身近にあり、自然と親しんでいました。バラは祖父が育てていたので、祖父のバラに対する熱意を見ています。

子供の頃から慣れ親しんだものを扱ってビジネスができる、というとのはとても幸せなことだと決意できました。



入社後、三代目を承継されるまでの経緯を教えてください。

2004年に、シドニーから戻ってすぐローズメイに入社し、数年間営業を経験した後、営業部長、専務と段階を踏み、三代目を承継するまで経営に関わるための勉強として、経営者塾に通っていました。その頃の出会いや経験が今も活きており、とても貴重な体験です。

代表を交代して社長に就任したのは2013年ですが、2011年頃から意思決定の判断を任せられており、実質的な経営者として鍛えられました。それは、創業者である祖父が2011年の震災のタイミングで倒れてしまったからです。二代目である父は祖父の看病で忙しく、私に任されたような形になりました。

2011年の震災では事業面でも大きな打撃を受けました。ローヤルゼリーの供給が止まって、国産の原料で商品の製造ができなくなったのです。国産ローヤルゼリーを定期的にお届けしていたお客様がたくさんいらっしゃり、当時1億7000万円くらいあった売上が全てストップしました。

お客様に丁寧にお伝えして契約を止めさせていただきました。これはかなりの痛手でした。国産では製造できなくなったので、台湾のローヤルゼリーを自身で買い付けにいって、その年の夏ごろには台湾産のローヤルゼリーに切り替えてなんとか持ち直しました。

その後、国産原料も確保できるようにもなりましたが、量に制限があります。国産製品に関しては現在でも限られた方にしかお届けできない形になっています。当時は本当に大変でしたが、これを乗り越えられたからこそ、今があると思えるようになりました。


(秋田発の事業創造の場を構築することをテーマに、全国の企業や団体、大学などを集め開催する「仙北インパクトチャレンジ」にて)


先代であるお父様はどのような方ですか。また、先代と違った自身の強みはなんでしょうか。

父は天才肌で独特ですね。私には真似ができません。私にとっては厳しくて怖い父親ですが、社員にとっては本当に優しい社長だと思います。そして、私から見てもとても立派な経営者です。

ビジネスとしても、社員に残業を強いることなく、それでいて利益を出す方法、仕組みを構築した父のことは経営者として尊敬しています。創業者である祖父はロマンチスト、二代目は天才肌、という感じです。

私は会計をやっていたこともあり、数字を追うのを得意としています。大学で会計を専攻したのは、「会計は学んでおいたほうがいい、経営学なんて何も役に立たないぞ」と父からアドバイスをもらったことがきっかけです。

会計を学んでいたことが事業継承をしてから活きてきています。決算書も読めるし、会社の経営状況もわかります。経営者にとっては大事なことです。何もわからない状態から始めるよりも、スタートが違いますよね。



事業継承後に、新しく取り組んだこと・改善したことを教えてください。

ECサイト、催事など新しい販路を開拓したのは新しい取り組みです。2017年にオープンした直営店「ローズメイファクトリーショップ」もその取り組みのひとつです。秋田の皆様からご支援いただき開店できたのですが、今まで自社店舗というものがなかったのでここにしかない特別なものを提供しています。

「オレンジスライスジャム」で作った「オレスラソフト」は、全国でここでしか味わえません。このファクトリーショップを通じて、秋田の元気の役に立つ場になればいいと思っております。

また、「お福分け」の気持ちで、自社商品だけでなく私たちが秋田で出会った良い商品をお客様に紹介しています。全て秋田発信にしてお世話になった地域が活性化すればいいという想いでスタートし、秋田のブランディングとPRにも上手く繋がっていると実感しています。

会社の中で改善した点は労務部分です。就業規則など、今の時代にそぐわない点が多々ありましたので見直し、改善しました。また、私自身、様々な会に参加し、そのご縁で仕事ができています。そのような自己成長の意欲につながる学びの場、研修等はとても貴重と感じているため、社内研修なども積極的に取り入れています。社員にもどんどん自分の強みを活かしてもらえればと社内だけではなく、外部研修から刺激を受けてもらうこともあります。


(ありがとうカード)


最後に、今後の事業展開を教えてください。

これまで以上に通販事業を伸ばし、部門ごとにきちんと利益を出していくことが当面の目標です。また、秋田を元気にすることに繋がることは何でもやりたいと思っており、秋田のブランディングにも引き続き取り組んでいきます。

また、2025年までにローズメイヴィレッジ化計画を進めたいと思っています。秋田の中で地域に根付いたコミュニティーの場所作りが目標です。ファクトリーショップの開店は、ヴィレッジ化計画の第一歩として捉えています。ヴィレッジ化計画で理想としているのは、工場の周りを整え、ローズガーデンやショップを併設してひとつの観光地として成り立つような場所を作ることです。

13年前から育てているダマスクローズやガリカローズのフラワーガーデンですが、近年、ここを見学したいというお客様が多くいらっしゃいます。そうした方達に見学いただいたり、お客様や観光客の方が来て楽しめる憩いの場、ローズメイヴィレッジを作ることが目標です。

また、社員教育にも力を入れていきます。これからの若い人を育てるのも私の仕事です。女性なども活躍できる場にしていきたいと思っています。家業、世襲にこだわることなく、色々な人が活躍し、社会に貢献できる場を作りたいですね。

会社が繁栄し、社会にも地域にも貢献できれば、皆で幸せになれる、それが一番だと思っています。


(ローズメイヴィレッジ)



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<インタビュー情報>

株式会社ローズメイ
代表取締役  原田 青
会社ホームページ https://www.rosemay.jp/

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