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真庭から世界へ。偉大なる創業者から受け継いだ想いをさらなる成長につなげる


オーティス株式会社
取締役会長 佐山 修一
代表取締役社長 角本 康司



――はじめに、オーティスという会社について教えてください

佐山:オーティスは電子部品加工を手掛けるエレクトロニクス・パーツメーカーです。私が高校時代の同級生を誘って1985年にオーティスの前身となる佐山製作所を設立したのが始まりです。当初は個人商店で樹脂フィルム裁断業からのスタートでした。

現在では主にスマートフォンやデジタルカメラ、自動車、カーナビ、医療機器などに使われる樹脂フィルムや両面テープなど機能性材料の加工を手掛けています。精密プレス加工の技術は世界でもトップクラスだと自負しており、中枢機能は本拠地である真庭に置きながら中国3工場、香港、シンガポール、タイに海外拠点を構え、2019年度はスペインへ進出とグローバル展開も進めています。


――佐山会長は、どのような想いでオーティスを創業されたのでしょうか?

佐山:私は長男だったので、地元である岡山県真庭に戻って家を継がなければなりませんでした。ただ当時、真庭には農協や役場、銀行、学校くらいしか働き口がなかったんです。そのため、地元に戻っても就職するつもりはありませんでした。

真庭でもっと働ける場所を作り、地域の町づくりに貢献したいと考えたのが会社を設立した背景にある想いです。創業当時から「地方創生」という言葉が常に私の頭の中にありました。グローバルに事業を展開するようになった現在でも、真庭という地域のために役に立つ企業でありたいという想いは変わらずに持ち続けています。


――次に、事業を引き継がれた角本様の経歴を教えてください

角本:私は、大学で電子工学を学んだ後、アメリカ留学を経て帰国後にエレクトロニクス関係材料の専門商社に営業職として就職しました。営業職を選んだのは、もともと人と話すのが苦手だったにも拘わらずビジネスの最前線で戦いたいという思いがあり、弱点を克服したいと考えたからです。専門商社では営業企画と販売を担当し、14年間勤務しました。

毎日満員電車で通勤して社内では揉め事を目の当たりにし、大きな企業で働くことにやりがいを感じなくなり、次第に地元の津山市に戻って農業で起業したいと考えるように。ただ、地元に戻っていざ農業を始めようと思った矢先、季節外れの台風が直撃してしまったんです。出だしから自然の厳しさを教えられましたね。


――農業での起業を志しながら、オーティスに入社されたのはなぜですか?

角本:オーティスに入社することになったのは、農業を始めて間もない頃、以前同じ商社に勤めていた難波専務から「週3回でいいからオーティスに遊びに来ないか」と声をかけていただいたのがキッカケです。「どんな仕事なんですか?」と伺ったところ、難波専務は「何をやってもいい。面白いでぇ!」と(笑)。こんな面白いおじさんがいるのかと思ったのが入社を決意した一番の理由です。

佐山:角本社長をスカウトしてくれた難波専務は、もともとは商社に勤められていたときからオーティスの仕事を支えてくれていた方でした。取引先企業や材料のことで分からないことはほとんど難波さんに聞いていましたね。

難波さんがなぜウチに来てくれたのかはハッキリ覚えていないんですが、商社を退職されるとの話を聞きつけて声をかけたんだと思います。よく一緒に飲みに行っていたので「働いてほしい」というよりは「一緒に面白いことやろう」というノリだったんじゃないかな(笑)。

角本:ノリだったんですね(笑)。

佐山:後から聞いた話ですが、難波さんも角本さんも他の企業からたくさん声がかかっていたようです。現在専務を務めてくれている難波さんと二代目としてオーティスを継いだ角本さんが縁あってウチに来てくれたことは、「類は友を呼ぶ」ではないですが幸いなことだったと思います。


――佐山会長から見て中途で入社された角本様はどのような印象でしたか?

佐山:当時、難波さんが社内の年齢分布を見て、30代から40代の中堅が抜けており補強をしなければいけないということで角本さんに声をかけて入社してもらったんです。難波さんに採用については任せていて角本さんとはあまり話をしていませんでしたし、入社してからも経営企画室という新しい部署で働かれていたので、初めの頃は正直に言ってどんな人なのか分かっていませんでした。

角本:入社して最初に配属されたのが、難波専務が新しく用意してくださった経営企画室だったんです。難波専務に「新しく経営企画室つくっておいたから」と言われて、私も何をしたらいいのかよく分からない状態でのスタートでしたね。

佐山:経営企画室という部署の大切さは分かっていました。オーティスという会社は、お客様の困りごとを解決することに尽力し、「型が作れないから」「機械がないから」「外注先ができないと言っているから」といった「できない理由」を全部社内に取り込んで大きくなってきた会社です。完全内製化することで、自社で全部作ることができるんだから、何でできないんだということになりますよね。

そんな中で、入社して間もない角本さんが「いや、ウチ営業していませんから」と言ったんです。当時のオーティスの課題は、特定の大手取引先に依存した一極集中型の事業構造になってしまっていたことでした。一つの大口取引先しか見ておらず、それに代わる事業の柱を作ることができなかったオーティスの課題を、的確に指摘されたのが印象に残っています。

――一方、角本様はオーティスに入社してどのような印象を受けましたか?

角本:佐山会長も一極集中の現状を何とか打開するように社内へ指示は出されていたのですが、実行に移すことができていないような状況でした。その当時で25期連続黒字という素晴らしい実績を持つ会社でしたから、社内には本気で改革しなければならないという危機感が薄かったのだと思います。

入社したばかりの私が感じたのは、営業活動をしておらず外界からの刺激をほとんど受けてきていないという印象でした。やはり慣れたお客様と交渉したり、ルーティン作業をしていた方が楽なんです。比較的若い世代が多い組織だったので、早い段階で何とか外の世界を見せてあげなければならないと思うようになりました。

佐山:「最後まで生き残れるのは、力が強い者でなく、変化し続けることのできる者である」というように変化しなければ生き残っていくことはできません。売り先、売り方、作り方、管理の仕方、とにかくあらゆることを「変えてしまえ!」と言っていたのですが、従来の仕事に慣れきった既存のメンバーは、ルーティン作業から抜け出せないものなんですね。変化を起こすためには角本さんのような外部から来た新しい人が必要だということを思い知らされました。

既存の社員の多くは社長である私に気に入られたらいいと勘違いしてしまっていたように思います。当たり前のことですが、変化するのに私を見ていてはダメなんです。これは反省点なのですが、採用の段階で、繰り返しの作業が好きで変化することに対して拒否反応を示すような人材ばかりを採ってしまっていたということなんでしょう。

角本:オーティスは、佐山会長が地方創生のために雇用の拡大を目指して設立した真庭地域では中核的な存在の会社です。その会社の中心である佐山会長のカリスマ性に引きつけられて就職した地元出身の社員にとっては、偉大な創業者が生み出したビジネスモデルを超えて新しいものを創り出すのは難しい部分もあったんだと思います。

――そのような状況で角本様はどのように改革を推進されたのでしょうか?

角本:私は、まず営業と企画、品質、技術、製造など全社が一丸となって大型案件の受注と生産活動に取り組みましょうと話をして、一つの業界でナンバーワンのシェアを持つ企業とパートナーになることを目標に新規事業を推進しました。

佐山会長や難波専務には背中を押していただけていましたが、現場からの反発は物凄いものがありましたね。何をするにしても反対する社員は必ずいて、営業マンにいくら言っても試作が後回しにされるといったことも珍しくありませんでした。

佐山:そこまで現場からの反発があったことは、当時社長だった私には見えていませんでしたね。

角本:ただ、私はお客様を幸せにするためにやるべきことをやるだけだと思っていたので、苦労したというよりも楽しかったという思いの方が強いですね。変化することに拒否反応を示す社員と分けなければ新しい仕事を進めることはできないと思い、経営企画室に個性の強いメンバーを勝手に集めて改革に取り組みました。

佐山:勝手に(笑)。

角本:勝手にやらせていただきました(笑)。

まだ改革の途上ではありますが、新規のお客様を開拓した結果、当時80%以上を占めていた大手取引先の売上比率が現在では0.5%まで下がりました。少し行き過ぎた感もありますが、過去の慣習に囚われずしがらみから脱却するためには、そのくらい極端に変えることが必要だったと思っています。

また、営業先のお客様から社員個人の名前を出して褒めていただけることが多くなったことも収穫でした。以前は取引先から佐山会長や当時の専務のお話を聞くことがとても多かったのですが、新規のお客様を開拓することで社員一人ひとりが会社の主役になることができたんです。

そのときに最前線でお客様から「ありがとう」と言ってもらえていたメンバーは、今では皆グループリーダーを務めてくれています。お客様から評価していただいた経験が社員の自信につながり、それが次の仕事に活きていることを実感しています。


――角本様が社長に就任されたきっかけを教えてください

角本:佐山会長が朝礼で突然、後継者についてお話しになられたことがありました。全員に対して「社長になりたい人は手を挙げて」と(笑)。

佐山:最初からそれくらいの気概がなければ務まらないと考えていたんですよ。

角本:私も初めは冗談だと思ったのですが、後ほど「本気で後継者をお考えなのであれば、私が手を挙げせていただきます」とお伝えしました。

佐山:角本さんを後継者として選んだのは、自分で個性的なメンバーを上手に集めて新しい事業を立ち上げ、そこで成果を出したことを評価してのことです。普通は新しく会社に入ったら馴染もうとするじゃないですか。しかし、彼は組織に迎合せずに新しいモノを作り上げたわけです。これからますます変化が求められてくる中で、彼になら任せられると思いました。

角本:2015年に取締役に加えていただき、社長に就任したのは2018年8月です。私が取締役に就任した当時、「7年位かけて事業を引き継ぐ準備を進めていくから、重要な意思決定をする練習をしておきなさい」と言われていたのですが、結果的には経営陣に参加してから3年と予定より早くに代表に就任させていただきました。

佐山:世の中の動きが予想以上に早かったということでしょう。

角本:私を信頼して会社を任せていただいた以上、「オーティスは代が変わる毎に強くなる」と言われるようにしたいですね。「偉大な創業者を超えるのは難しい」と言われる方もいますが、「先代が偉大であればあるほど絶対に超えなければいけない」というのが私の考えです。先代を乗り超えて会社を成長させていくこと。それが多くのことを教えていただいた会長への恩返しだと思っています。

――今後の展望について教えてください

角本:経営者としての私の使命は、営業・品質・サービス・コスト・技術などあらゆる面でお客様に価値を提供しながら、会社に利益をもたらす受注につながる行動をするだけです。そして、全てのステークホルダーに満足いただくことを目指し、その中でも特に社員の皆さんには満足してもらいたいと思っています。

設備も型も作っている会社は当社の他にはあまりありません。その強みや技術を活かして、もっとお客様に提案できることがあるはずです。社員は皆、すごく真面目で一生懸命に取り組んでくれていますが、歯車がまだ完全に噛み合っていない段階だと思っています。明確な目標に向けて歯車を噛み合わせていくことが当面の目標ですね。

佐山:私としては彼に後を任せたからには、好き放題やってくれればいいと思っています。私自身も自分が好きなようにやってきたし、経営者はそうあるべきでしょう。私が望んでいるのは、社員が笑顔でいること。それだけです。もちろん好きなことをしているだけでは仕事は成り立ちません。それでも、オーティスという会社は、全員がいつもニコニコして、ワイワイガヤガヤしている会社であってほしいですね。

角本:社員の笑顔をもっと増やしていくこと。これは私と佐山会長の共通の役割だと思っています。また、会長にはオーティスの創業からの現在までの歴史を、日本国内だけでなく海外拠点の社員にも伝えていただくことと、引き続き岡山の地域創生へご尽力いただきたいとお願いしています。

社長である私の役割は、これまでと同様に会社全体を活性化し、目標を伝えて未来に向かって先頭で引っ張り続けること。そして、透明性の高い会社にして、どんどん技術公開することで新しい技術を作り出すことです。

定量的な目標としては、10年後に売上1000億、営業利益120億を掲げています。とんでもない数字に聞こえるかもしれませんが、前年比何%アップするといったような予想できる数字を並べているだけでは、それはただの計画です。目標はあえて高く設定して、どうすればそれが実現できるかを考えていかなければなりません。

私は誰かの顔色をうかがいながら、自分の任期の期間、何事も起きなければよいみたいな感覚で仕事はしたくありませんし、今のがんばってくれている社員の皆さんの顔を見ていると、低い目標は逆に失礼であり、必ず達成してくれると信じています。

特に、ここ数年の中国メンバーの活躍・考え方の成長は、目覚ましいものがあります。この勢いあるスピード感を社内で感じられることで、変化することの重要性を学ばせていただき、人の顔色をうかがうような暇もない幸せな経験をさせていただいています。

今後は、佐山会長が築き上げてくれた基盤を活かして、地元岡山県を、そして真庭をもっともっと盛り上げていきたいと思っています。





<インタビュー情報>

オーティス株式会社
取締役会長 佐山 修一
代表取締役社長 角本 康司
会社ホームページ https://otis-group.com/

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