畳の新しい価値を発信し、地域のコミュニティスポットとして街の暮らしを豊かにする


東和小川畳店
代表  小川 崇



創業の経緯と現在の事業内容を教えてください。

当社は1970年、父が29歳の時に創業した畳屋です。もともと父の実家が「小川畳店」という畳屋を営んでおり、3兄弟がそれぞれ独立し、父は足立区東和の地で「東和小川畳店」を立ち上げました。独立当初は街や地域の行事に積極的に協力をして仕事を増やしていったと聞いています。

メインの事業内容は畳の製造販売。色々なメーカーから資材を集めて、土台となる床に、へりやござ、畳表を組み合わせて畳を作り、そうしてできた畳を新築物件に納品したり、一般のお宅の畳張替えなどを行っています。工務店さんやリフォーム会社さんなどBtoBの仕事と、一般のお客様を相手にしたBtoCの仕事が半々くらいの割合です。

最近では畳だけでなく、ふすまや障子、網戸の張替も一緒に頼まれることも多くなりました。壁紙なども含めた内装工事的な依頼も増えてきており、そういう時は協力会社と一緒に対応しています。最近は積極的に畳だけではなく内装工事などを含めたご提案をしており、トータルコーディネートのお仕事が少しずつ増えてきているところです。

また、畳をもっと身近に感じてほしいという想いから、2014年に「tatamiglam」というブランドを立ち上げ、畳表と畳縁で製作した蝶ネクタイやポケットチーフなどの雑貨の販売も行なっています。



幼少期から家業を継ぐ意識はありましたか?

子どもの頃から自宅の下に作業場がある環境で育ってきたため、職人さんやお客さん、地域とのつながりが大切であることを、子どもながらに感じ取っていました。夏休みなどには仕事を手伝っていたこともあって、畳を納品した先でお小遣いをもらったりすると、いい商売だな、お父ちゃんすごいなとは思っていました。

私は八つ上の姉と六つ上の兄がいる末っ子で、本当は長男が継ぐのが筋なのかもしれませんが、兄は早い段階から家業を継ぐつもりがないようでした。となると「次男の俺か……?」と思うようになったのが中学一年生の時。でも嫌ではなく、むしろスムーズに受け入れられました。

高校卒業後には継ぐことを決めていたのですが、これからは畳屋も機械化が進むだろうと考え、父と相談した上で、当時最新鋭の機械を導入していた父の実家、つまり本家に修行に行きました。また、訓練学校に通って手縫いの技術も学んだのもこの頃です。



家業に戻って事業を承継するまでの経緯を教えてください。

6年ほど本家で修行した後、2000年に父が病気を患ったことをきっかけに家業に戻りました。戻った当初はまだ顧客も多かったのですが、時代の趨勢もあり徐々に売上げは右肩下がりに。焦る気持ちばかりが先に立ち何とかしなければと思っていた矢先、2002年に父の体調が悪化してしまったため、27歳で代表を交代することになりました。

引き継いでから、新しい事を模索しながら毎日遅くまで仕事をしていた時は大変でしたね。自分だけではなく母も巻き込まなければならないような状況で、このままではいけないと思いつつも何から手を付けていいのかわからず、もどかしい思いをする毎日が続きました。

そんな中、もっと一般のお客様に畳の良さを知ってもらいたいと考え、ニュースレターやダイレクトメールなど、それまでやったことのないお客様との繋がりを持つための活動を始めたのが転機になりました。10年以上お付き合いが途絶えていたお客様からまた注文を頂けるようになったり、徐々にBtoCの仕事を増やしていくことに成功したのです。

また、相談できる仲間や協力してくれる業者さんなど横の繋がりが出来てきたおかげで、新しい取り組みに挑戦する糸口が掴めたのも幸いでした。そういえば、親父も昔は酒が飲めなかったのに、地域とつながりを持つために、酒席につき合ってたことを思い出します。昔は「また飲んで来たのかよ」って思っていましたが、今なら親父の気持ちも努力も良く分かります(笑)



二代目として新しく取り組まれたことを教えてください。

実は畳には種類が沢山あることを知っている人は多くありません。畳に触れる機会が少なくなっているのでそれも当然です。そこで「日ごろ畳に接することのない人達にも手に取ってもらえるような商品を作りたい」と考え、2014年から畳の縁を使って蝶ネクタイやポケットチーフなどの雑貨を作る「tatamiglam」という新しい取り組みを始めました。

畳屋には「年配の職人がやっている」であるとか「古い」というイメージがあるため、畳屋が雑貨を作っていると発信するよりは、新しい雑貨のブランドとして販売した方がいいと思い、先に「tatamiglam」というブランド名を決めました。「畳の新しい魅力」という意味の造語です。

ホームページで情報を発信するほか、メディアなどでも取り上げていただいたことで、新しいことに挑戦している畳屋として認知されるようになってきました。知人からの紹介で百貨店の催事にも半年に一回の頻度で出展させていただいていますし、最近ではテレビの和雑貨特集で放送された後押しもあって段々と知名度は上がってきています。



御社の強みはどういったところでしょう。

ウチのい草や畳表は、熊本県八代の農家から仕入れています。5年くらい前から毎年ファームステイをして、苗づくりや収穫のお手伝いをしながら常に上質のものを提供できるよう研究を続けているんです。そのためウチで扱う畳は品質も良く、一部流通を通さないのでコストを抑えることもできました。この品質の良さとプレミアム感が強みです。

また、上質から中間クラスのい草は国産品が手に入りますが、それ以下になると国産では割高になるので、中国産に頼ることが多くなります。しかし、中国産は安価だけど劣化が激しく、国産の質にはやっぱり敵いません。

そこで始めた取り組みが、問屋を通さずに、い草の下のクラスも直接農家さんから仕入れるルート作りです。こうすることで、い草農家の転農を軽減でき、うちにとっても上から下まですべてのランクを国産で揃えることができるようになりました。

他にも畳だけではなく質の良い確かな商品の取り扱い数を増やして、お客様の希望にぴったりの組合せやコーディネートを提案できるようにしています。暮らしが豊かになることを願って、家具の色や奥様の趣味に合うような商品や雰囲気をプレゼンテーションします。「小川に頼めば家のことは何でも解決する」そう思っていただきたくて日々勉強を続けています。



今後の事業展開について教えてください。

一般のお客様の畳替えやコーディネートを、アフターフォローも含めてしっかりとやっていき、長く使用いただくための情報やメンテナンスを提供していくことで、孫の代までお付き合いいただけるお客様を増やしていきたいですね。

3年後に今の倍、5年後には3倍くらいの売り上げにするのが数値面での目標です。そのために従業員数や自社施工の割合を増やし、例えばカーテンやブラインドなども取り扱えるようにしていきたいと思っています。もちろんメインの事業は畳の製造販売ですが、暮らし全体をアドバイスできるようになりたいのです。

また、協力業者さんと共に様々な分野の専門家集団のようなグループを作って、お互いに仕事や情報を共有したり、それぞれの得意分野を活かしながら新しい事にチャレンジしたりしていきたいと考えています。

今もワークショップなどを開催して畳の色々な使い方を広める取り組みを行なっていますが、今後は地域住民の方々がいつでもふらっと立ち寄りやすい店にして、畳に触れられるのはもちろん、地域のコミュニティスポットみたいな存在になっていきたいですね。

地域の中で畳に触れられるきっかけを提供しながら、畳の価値を再認識いただき、地域の人々の暮らしも心も豊かにしていく。この地域貢献に対する想いは先代から受け継いでいる変わらない想いです。




<インタビュー情報>

東和小川畳店
代表  小川 崇
会社ホームページ https://ogawatatami.com/

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