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紙媒体の需要が減り続ける中、付加価値の高いサービスを提供する会社へ

株式会社オフセット岩村
代表取締役 岩村 貴成

創業から現在に至るまでの変遷について教えてください。

別の印刷会社で印刷機のオペレーターとして働いていた父が1980年に独立して設立したのがオフセット岩村です。以前サラリーマンとして勤めていた会社では上に物申すタイプだったようです。勤め人として働くよりも独立する方が向いていたんだと思います。独立する際も他の業種でとは考えなかったようで、おそらく印刷の仕事を天職だと感じていたのでしょう。

父は印刷の職人として腕がよかったため、独立してからも安定して仕事は頂けていました。ただ、印刷業は自分の手で作品を仕上げるわけではなく機械を使って印刷をするので、印刷機の良し悪しが影響する部分は勿論あります。独立した当初は最新鋭の機械を買うことができなかったため、誰も買わないような中古の機械で始めたと聞いています。中古の印刷機1台でスタートしてから徐々に印刷機の台数を増やしていき、3台目でとうとう当時の最新の印刷機を導入しています。時代背景として円高が進みバブルに向かっていっている頃だったため設備投資を進めていったんです。ところが、バブルが崩壊し仕事が減っていく中で業界的に価格競争が激化していき、一時期は経営的にかなり苦しいところまで追い込まれたこともありました。

苦しい時期を乗り越え、印刷機だけでなく刷版設備や加工設備など一気通貫して印刷物を製作する体制を整えてきたことで、現在では高品質なオフセット印刷の技術を活かしたワンストップサービスを提供しています。


岩村社長が入社してから引き継ぐまでの経緯を教えてください。

私は中学生の頃から継ぐことを決めていたので、まず印刷業界の営業の仕事を勉強するため同業他社に営業職として就職しました。ところが、就職して1年ほど経った頃、うちの会社の経営状況がかなり厳しい状況になっており、母から戻ってきてほしいと言われてオフセット岩村に入社したんです。

私が入社した1996年頃は、仕事はないけれど印刷機の支払いだけは毎月しなければならない状況で、資金繰りの面で本当に苦しい時期でした。当時、自社で営業部門を持っておらず、仲介業者から紹介された仕事を中心に受けていたのですが、売掛金の未回収が相当な額に膨れ上がってしまっていたんです。私の最初の仕事は帳簿を持って会計士の先生のところに相談に行き、会社の状態を診てもらうことでした。会計士の先生とも相談し、とりあえず印刷機の設備投資に係る借り入れの返済期日を1年間延期して、売掛金の回収が滞ることがないような大口の既存顧客へ重点的に営業することで、何とか危機を脱することができました。

父は印刷の職人でしたから、頭を下げて仕事をもらうといった営業の仕事をしたことがなかったんです。私は入社した直後から営業を担当し、2002年頃からは営業部長として新規顧客の開拓に取り組んできました。会社の売上げの半分くらいは私がつくっていたと思います。

10年ほど営業部長を務めた後、2011年に父が狭心症の手術で入院したことをきっかけに二代目として引き継ぐことになりました。営業の責任者を長年務めてきたことで、代表を交代した時にはどの得意先の売上げが一番多いかなど、営業に関することは何でも答えることができる感じでしたね。



中学生のときから継ぐ意思が固まっていたのはなぜでしょうか?

父から継いでほしいと直接言われたことはなかったのですが、中学生の頃から漠然と自分が継ぐことになるんだろうと思っていました。お金の面で何不自由なく大学まで出させてもらった両親への恩返しの気持ちもありますし、長男だから継ぐことは当たり前だという感覚を持っていたんです。

今思えば、育てられた家庭環境が大きかったように思います。母に育てられてきた中で、おそらく計画的ではないと思うのですが、自然と会社を引き継ぐのが当たり前だと意識するように刷り込まれていたんじゃないかと思うんです。子どもの頃から父の仕事をしている背中を見てきたことも大きいですね。小学生の頃から日曜日はほぼ会社に来て父の働く姿を見ていましたし、簡単なお手伝いをさせてもらっていました。お手伝いをすることで、焼き肉に連れて行ってもらったり欲しいものを買ってもらえたりしたことを覚えています。働くことで、美味しいものを食べられたり好きな物を買えるという感覚は、教わるものではなく体験しなければ得られなかったと思います。

ただ、社長の息子だからといって入社してすぐ引き継ぐのではなく、一番下っ端から始めて引き継ぐまでに実績を積み重ねてこれたのは良かったですね。営業として私がボロボロになるまで仕事に打ち込んでいる姿を見てくれていることで、社員たちも私を経営者として認めてくれているんじゃないかと思っています。


時代の変化に対応するために取り組んできたことはありますか?

紙媒体の需要が減りつつある中で印刷業界における自社の立ち位置を考えたときに、機械を持っているからこその強みを伸ばしていこうと考えるようになりました。機械を持たずにファブレスな企業として企画やデザインなどに注力している会社もありますが、それでは面白くないと思ったんです。

印刷物を製作する工程には、一般的なコピー機と違って印刷するだけでなく、印刷をするための版を作る工程や印刷をした後の裁断や製本などの加工する工程があり、それぞれに違う設備が必要になってきます。私が入社した時は印刷機しかなかったのですが、2000年に現在の事業所に移転したタイミングで、刷版設備と加工設備を導入しました。刷版から印刷、加工までをワンストップで完結することができる体制を整えたということです。

うちは完全なB to Bのサービスで、お客様の大半が印刷会社さんです。自社で設備を持っていないであるとか、持っていても大型の機械がないなど何らかの理由で自社で印刷ができない場合はオフセット岩村の出番になります。印刷業界の他の会社さんができない印刷を中心にやってきていて、経験と実績を重ねてきたことがオフセット岩村の強みです。

価格だけみればウチよりも安いところはいくらでもありますが、営業の対応力と制作物の品質で選んでいただけていると自負しています。



組織づくりの点で取り組まれたことはありますか?

ワンストップサービスを提供するために社内的な分業が増えたことで、組織の風通しが悪くなってしまった部分もありました。もともと父が代表だった当時は会社であって会社でないような組織だったのですが、分業化が進むにつれて更にそこが顕著になってしまったんです。
風通しが悪くなると、言った言わないでモメることが多くなってきます。父はそれを見てもあまりキツく言うタイプではなかったので、もどかしい思いをしていました。そういった流れを止めたいと思い、10年くらい前、営業部長を務めていたときから営業部門だけで会議を定期的に開催するようにしました。

営業会議をするようになったのと同じ頃に、私の学生時代の後輩が入社してくれたことは有難かったです。当時営業部長としての仕事で毎日夜中まで仕事漬けだったので、私の代わりを務めてくれる人材が必要でした。私の個人的な知り合いを入社させることに若干の躊躇はありましたが、今では私を支えてくれている信頼できる社員の一人です。彼がいなければ仕事が回っていかないので非常に大きい存在ですね。

また、ホームページをリニューアルする際に、明文化された経営理念がなかったため、「社員、お客様、取引業者様、そして地域と一体になり、互いの発展に貢献する。」という理念を定めました。ただ、根本的な想いとしては父の代から変わっていないと思います。

父はお金に対してあまり執着しない性格で、インクなど印刷材料の仕入れ先に対しても偉そうにしない人でした。関係する取引先も含めて良くなっていかないと結局自社の事業も上手くいかないですからね。だから父の代からの想いを改めて形にしたという感じです。

今後の課題として、理念を組織に浸透させていくことは必要だと感じています。外部の会社に組織診断をしてもらったのですが、理念の浸透に関してはまだまだこれからといった結果だったので、来季の事業計画を発表する際、最初に理念についての話をするつもりです。

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二代目経営者として、変えるべきものと変えてはいけないものはありますか?

オフセット印刷を主軸としたB to Bのビジネスモデルは変わっていませんが、お客様の層は結果として変わってきていますね。私が引き継ぐ以前は某大手印刷会社様の比率が非常に大きく、売上げの7割を占めていたのですが、一社に依存した状況を不安に感じていたんです。新しいお客様との仕事を増やして大手に依存する体質を変えていきました。現在では全体の売上げ規模は変わっていませんが、その大手さんとの取引はゼロに近いですね。

私は基本的に部屋の中で電話をして営業するというよりも色んな所に顔を出してお客様との接点を作っていくタイプなので、印刷組合の会合などに積極的に参加していく中で様々な関係会社からご紹介をいただき新規のお客様を増やしていくことができました。単価の安い小さな仕事でも、お互いに感謝の気持ちを持って対等にお付き合いできるお客様との仕事をしていきたいと思っています。

変えてはならないものは、やはり品質へのこだわりです。お客様と顔を合わせた打ち合わせにしっかりと時間を割き、高い品質の商品を提供することを続けてきたからこそ今のオフセット岩村があると思っていますから、この部分は変えることはできません。

ダーウィンが進化論で唱えた「強い者が生き残るのではなく…唯一生き残るのは変化できる者である」という有名な言葉は、まさにその通りだと思っています。変化といっても全てを変えるわけではなく、ウチの場合で言えば品質を保つという部分は変わらずに、他は時代の要請に応じて変えていかなければ企業として継続していくことはできませんよね。



今後の展望について教えてください。

印刷物を個人で発注する機会はあまり多くありません。また、法人としても今後印刷物を発注することは次第に減ってくると思います。伝票なども今は普通にプリンターで印刷できてしまいますし、ターミナル駅など人口が集中している場所ではデジタルサイネージが急激に増えてきています。そういった時代の変化は、少なくとも十数年前から分かっていることなので、印刷業全体が感性価値創造事業に転換していかなければなりません。

企業や商品の感性や価値を伝えるパンフレットや会社案内といった印刷物は、時代が変化していったとしてもデジタルに置き換わりづらいと思います。だからこそ感性・価値を表現できるツールとして、品質にこだわった印刷物の製作には今後もプライドを持って取り組んでいきたいですね。最近、業務用フォトプリンターなどの新しい設備も導入したので、付加価値の高い商品を提供する事業を拡大していきたいと考えています。

また、基本的なビジネスモデルをB to BからB to Cに変えることはできませんが、BとCの中間を狙っていきたいと思っています。完全なエンドユーザーであるコンシューマーに対して一件ずつアプローチしていくことはできないので、エンドユーザーをクライアントに持つ広告代理店や経営コンサルタントと提携していきたいということです。

新しい事業領域に挑戦していくためには社員全員の人材教育が必要不可欠になってきます。どれだけ良い機械があっても動かすのは人間だからです。付加価値の高いサービスを提供していくためには如何に優秀な人材を育てていけるかがキーになると思うんです。組織の中は同じ価値観や考え方の人間ばかりではありませんから、ボトムアップできる仕組みを整えていくことが課題だと感じています。

つい先日の朝礼で簡単に事業計画を発表し、客観的な数字で目標や改善点などを示すようにしました。一人ひとりが目の前の仕事だけでなく、会社の数字を意識して仕事に取り組んでもらいたいと考えたためです。すぐには変わらないかもしれないですが、できるところから少しずつ着手していきたいですね。




<インタビュー情報>
株式会社オフセット岩村
代表取締役 岩村 貴成
会社ホームページ http://www.offiwa.com/


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