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建設業として生まれ、サービス業として生きる とにかく社員を大切に考える

能田電気工業株式会社
代表取締役社長 井上 有子

― 創業から現在に至るまでの変遷について教えてください
昭和6年に、私の祖父が電動機や精米器を販売・設置する能田電気工業所を立ち上げたのが始まりです。今年で創業して88年目になります。
戦争で一時休業していたこともありますが、再開後、私の父親が電気工事業を主な業務とし、昭和37年に能田電気工業株式会社に組織変更しました。株式会社になってからでは今期で58期になります。

その後、兄の代に改修工事に特化するよう舵を取り、現在でも警視庁や宮内庁など中央官庁の改修工事などを手がけ、真面目で誠実な仕事への取り組みを評価していただいています。


― 井上社長が能田電気工業に入社した経緯は何ですか?
結婚する以前、5年間ほど一営業員として能田電気工業で働いていましたが、結婚して出産を機に一旦会社を辞め、主婦として生活をしていました。父の後、私の兄が代表を務めていたため、その頃はまさか自分が経営に携わることになるとは思ってもいませんでした。

ところが、2013年頃に兄が癌であることが発覚したことを契機に会社に戻ることになり、2016年から四代目として経営を引き継ぐこととなりました。以前営業員として働いていた頃は経営側としての意識は全くなかったため、継ぐことが決まったときの不安は大きかったですね。
最初に兄の病気を聞かされた時は癌と言っても現代の医療技術であれば治るのではないかと漠然と思っていたのですが、次第に兄の具合が悪くなり、結果的に引き継ぐことを決めました。


― どのような想いで四代目を継承されましたか?
初めは継ぎたくないという思いが強かったのが正直なところです。会社の経営者になる責任もありますし、借金もありましたから。私には経営的な知識も電気工事の技術的な知識もなかったため、身内以外でも社内に適任者がいるのではないかとも考えていました。
しかし、身内以外で適切な後継者は見つからず、このまま私が継がないのであれば会社を畳まなければならないかもしれないという話も上がってきました。そんな折、会社のWebサイトを見て、能田電気工業に入社したいと希望してきてくれた人がいたのです。

大きな会社ではありませんが、入りたいと言ってくれている人がいて、現に今働いてくれている社員たちがいることを考えると、このまま会社を潰すわけにはいかないという意識が芽生えてきました。それが会社を承継することを決意した理由です。継ぐと決めてからは、経営者としてこの会社を何としてでも存続させていかなければならないという覚悟が決まりました。


― 社長になられてから苦労されたことはありますか?
まず最初に財務的な部分ですね。急遽承継することが決まったため、先々代である父親や先代の兄にしか分からない部分もたくさんありましたし、兄が亡くなった後に判明した事実もいくつもありました。
会社を守っていくためには、まずは財務的な部分を整理していかなければならないという課題があったんです。外部のコンサルタントの先生にご助力いただき、現在では財務面はシンプルに整えることができました。

その他にも、以前は作成していなかった経営計画書も作るようになりました。以前はPCも全然使ったことがないような状態だったのですが(笑)、努力して何とか使えるようになってきました。毎年の計画を作成しているのですが、今回から3カ年~5カ年くらいの目標を設定したいと思っています。


― 先々代のお父様、先代のお兄様はどういった方でしたか?
父親はとにかく真面目な性格でした。電気工事士の資格を持っていたのですが、研究熱心な技術者というイメージです。私が二十歳くらいまでは自宅と事務所が一緒だったので、働いている姿はいつも見ていましたが、経営者として意識したことはなかったので「お父さん、頑張っているな」くらいの感覚しかありませんでした。夜遅くまで仕事をしていましたし、幼少期に一緒に遊んでもらったという記憶はありませんでしたが、私は父のことが大好きでした。
同じ技術者として社員たちの様々な相談にも乗っており、技術者同士の繋がりは深かったと思います。私にはそういった経験も知識もないため、今経営者として同じ立場に立ってみて、そういった部分は本当に羨ましく思います。

兄は、一言で言うと、他の人が考えないようなことを実行するアイデアマンでした。思いついたらすぐやり始める性格で、周りが思いつきに巻き込まれるようなこともありました。私は真面目で堅実なタイプなので、兄とは本当にタイプが違っていて、兄妹でよく喧嘩もしました(笑)。ただ、今では、アイデアを出して実行するというのは経営者として必要な才覚の一つであるようにも思います。


― 先々代・先代の時代から、変えられたことはありますか?
以前、兄と仕事の考え方で対立したことがありました。お客様から仕事の依頼をいただいたのですが、うちではそのタイミングでお引き受けできないことがあったんです。私は「知り合いの同業者に頼めないか」と兄に提案したのですが、兄は「そんなことをして仕事を取られて、うちとの取引がなくなったらどうするんだ」と激怒しました。電気工事という業界では、同業他社を紹介するようなことはしないのが常識だと言われたのです。
兄の考え方にも一理あるかもしれないですが、私は今でも仕事を依頼したいお客様がいて、それに応えられる他の同業者がいるのであれば引き合わせることでお互いが助かるし、回り回って自社に返ってくることもあるのではないかと考えています。

自社のことだけを考える「お客様を取った取られた」の世界ではなく、同業者同士が協力していけるような流れを作っていきたいですね。少しずつですが、志を同じくする他社さんと提携する試みも始めだしています。
現場代理人以外の者が工事現場を検査して回る安全パトロールという巡視活動があるんですが、それを同業他社にやってもらう取り組みを始めています。外部の目で見てもらうことで緊張感も生まれ、自社の常識が他の会社では非常識であることに気がつくことができたりなど、良い刺激になっています。
私は、電気工事の業界がすごく長いわけではないので、こういった業界の常識にとらわれない良い変化はどんどん起こしていきたいですね。

社内的には、社員との関わり方について、私が代表になってから大きく変わったと思います。兄はワンマンなタイプでしたから、社員は意見が言いづらい雰囲気があったようですが、私は全て分からない状況で経営を引き継いだため、社員の意見を積極的に集めるようにしています。そうしなければ手探りの状態で会社経営を進められなかったからです。
特に父の代から働いてくれている工事部長には本当に助けられています。電気工事業界の経験も豊富で、頼りになる右腕として何でも相談に乗ってもらっています。信頼できる存在が近くにいてくれるのは本当に有り難いと感じています。


―それとは反対に、変わらずに守っていきたいところはありますか?
能田電気工業は、新築工事はあまり取り扱わず改修工事専門でやっています。先代の兄が改修工事に特化することを決断したのですが、改修工事には自社だけで取り組めるというメリットがあります。
新築工事は、建築会社や設備会社と連携して行わなければならないため、他社さんの都合によって短い工期で配線をしなければならないなど工程上の融通が効かなくなってしまうことがよくあるんです。その点、改修工事は自社のペースで工事を行うことができますし、利益も確保しやすいのです。
改修工事に特化すると決めた兄の判断は英断だったと思いますし、この基本的な部分は守っていきたいと考えています。

また、兄の代に「建設業として生まれ、サービス業として生きる」というスローガンを掲げ、現在もWebサイトに掲載しています。建設業は職人気質な世界なのですが、職人としてのプライドを大切にするだけでなく、サービス業であることを意識してサービスを向上させていかなければならないという意味が込められています。

このスローガンに、私は「とにかく社員を大切に考える」という理念を加えています。社員満足が高まっていかなければ、サービスの質を向上させることもできないと考えているからです。父や兄が築き上げてきたものを受け継ぎながら、「会社は社員とその家族のため、社員はお客様のために」という考えは大事にしていきたいと思っています。


― 歴史のある御社ですが、四代目として捉えている強みは何ですか?
80年以上の会社の歴史を振り返ると、業務を大きく変えるということはないにせよ、少しずつ柔軟に変化しているからこそ継続することができているのだと改めて感じます。
建設業界も、社会の変化に合わせて対応していくことができなければ継続が難しくなってくる時代ですから、新築マンションの建設だけでは立ち行かなくなるような状況を見据え、改修工事に特化するといったように企業としての柔軟さは能田電気工業の強みだと思っています。

また、社員が全員本当に真面目で、請けた仕事は最後までキチンと仕上げる誠実な姿勢が一番の強みではないかと思います。入札で請けさせていただいた改修工事で、省庁の担当者の方から「能田電気工業に任せておけば安心できる」と言っていただけたこともあります。
入札という仕組みは基本的にどの会社でも参加できるため、先方からしてみるとどんな会社が落札するかという心配はあるようですが、うちの場合、これまで積み重ねてきた実績のおかげで安心感を持っていただけていることは嬉しいですね。


― 今後の展望について教えてください
売上規模や従業員数についてあまり大きなことを目標にはしていませんが、利益をしっかりと確保して、利益を生み出した分、社員にも還元できる会社にしていきたいと思っています。社員に対しては目標としてボーナスを今の2倍出したいと明言しています。言葉にしたり明文化することで実現することができると信じているので、敢えて言うようにしています。あとは、社員旅行で海外旅行に行きたいですね(笑)。
私は家族と一緒に屋久島に2年間住んでいたことがあるのですが、その2年間は本当に良い経験をすることができました。屋久島では、お店に行っても本当に限られた物しか売っていません。たとえばハンカチなども一種類しか売っていないので、選びようがないんです。そこで生活をしていると「足るを知る」と言うか、過剰に物がなくても十分に生きていくことができることに気がつかされました。

物が溢れている東京に戻ってきてからも、屋久島での経験から私自身があまりお金を稼ごうとか利潤を追求することに興味がありませんでした。儲ける意識がないというと経営者としてどうかと思われるかもしれませんが、必要以上に自社だけ儲けるのではなく、堅実に運営し、社員が困らないような経営方針の会社であり続けたいと思っています。




<インタビュー情報>
・能田電気工業株式会社
・代表取締役社長 井上 有子
・会社ホームページ http://no-da.co.jp/