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受け継がれてきた技術を活かして、商品を、仕事を、未来をつくる金属加工メーカーへ


有限会社ミツミ製作所
代表取締役 山田 賢一



はじめに、ミツミ製作所について教えてください。

ミツミ製作所は、金属・非金属切削をはじめとした部品加工を得意とする町工場です。医療機関系、自動車部品、弱電、半導体関連、装飾品、嗜好品など業種を問わないOEMの部品加工メーカーです。

当社の歴史は1920年、曾祖父の山田三次が精工舎(現・セイコー)を退社し墨田区で時計屋を開業したところからがはじまりです。その後、山田カナ製作所という会社を設立して、おもちゃに使われる歯車や時計部品といった金属加工を行なっていたそうです。1940年代になると、玩具メーカーのトミーが墨田区から葛飾区へ移転するタイミングで一緒に葛飾区へ移転することになりました。

1980年代になると、僕の父は山田カナ製作所から独立して、新たにミツミ製作所を設立しました。その後、山田カナ製作所は解散というカタチになってしまい、本来"分家"である存在だったミツミ製作所がその歴史を引き継ぐことになります。そのため、金属加工でいえば80年以上の歴史があり、正確には僕は四代目にあたるのですが、ミツミ製作所としては二代目という状態になっています。



ホームページを見ると、オリジナル商品も作られていますよね。

Made in TOKYOの煙管風パイプ、自由に組み替え変形ができる国産ハンドスピナー、爪楊枝を指すとコマになるどんぐり風キーホルダーなどですね。これらは、大げさに言えばブランディングの一環で本音は僕自身や社員のものづくりに対してのモチベーションを上げる為の一環です。新しい事業の柱にしようという考えがあってはじめた訳ではないんですよ。

ここ数年、一般消費者が購入層ではないはずの様々な工業系メーカーがTVCMを打つじゃないですか。BtoBのビジネスをしている装置メーカーや部品メーカーが展開するTVCMは、売上UPや発注数増が目的だと思います?僕はそうではなく優秀な人材確保の為のブランディングだと思っています。そもそも工業系メーカーなんて一般人には縁遠い存在ですから社名さえも知られていないことが多い。でも、「TVCMをやっている会社」という認知が広がれば、それはもう知らない会社じゃないですから。自分のお子さんが就職先に悩んでいる親御さんにとっても「あ~あの有名な会社ね!」と賛同を受ける訳です。その為にこのような取り組みがなされていると僕は思うんです。

でもそれは、TVCMを流せる宣伝広告費や資本力のある大企業だからこそ出来る事であって、僕たちのような規模の会社では到底できません。じゃあ、何ができるのかと考えたとき、「BtoCの商品を作っている」というのが1つアピールポイントになると思ったわけです。コマなんかは一番分かりやすくて、お子さんが見て触って回してみれば明白です。単純だからこそ明確だし、伝わりやすい。結果として、「ただの町工場」ではなく、「面白いものを作っている町工場」というブランディングになる、そんな取り組みです。



ユニークな発想をお持ちの山田社長は、どんなお子さんだったのでしょうか?

僕はゲーマーでした(笑)。幼少期はゲームウォッチ。続いてファミコンの世代です。1998年かな?『ウルティマオンライン』っていうMMORPGがあったんですよ。これは3000人同時アクセスができるドラクエみたいなもので、今ではソーシャルゲームなどで当たり前かもしれませんが当時はもの凄く画期的で。ゲームの中で物価の上昇があったり、そこには小さな経済があるんですよ。勿論全員が本当の人間なのでコミュニティーも文化も。北米のゲームなので外国人だらけなんですが日本人プレーヤーも多少いたりして、ただのコアなゲームオタクなんですが本業は大手ゲーム会社勤めやSEとか大手生命保険会社の役員とか(笑)。ゲーム中の経済動向を上手く利用して現実の通貨で商売しているような仲間もいたりして、今考えると仮想通貨の原点だったんじゃなかと思ったり、ゲーム内で作った組織を実際の現実世界でベンチャー企業として立ち上げM&Aで会社売って大儲けしている人もいたりでITバブルというやつに乗って、すごい人たちがたくさんいたんです。当時僕はまだ20代前半だったので出来なかったけど経営権限やお金に余裕があれば投資していたかもしれませんね(笑)。実はそう言った誘いは現実に結構受けていました。

本当はそっち方面の仕事に行きたいと思ったこともありました。まさに走りでしたしね。でも、長く続けられる商売だとは思えなかった。そもそも趣味でやっていますしね(笑)。様々な出会いがあったオンラインゲームは、自分の生き方を考えさせてくれた場でもありました。なので、ホームページ制作とか、FLASH制作とか、打ち込み系の音楽とか、ゲームがきっかけとは言え先端のプロの人たちに教わりながら遊んで学べたその経験が、今、会社のシステムまわりを考える上で役立っていると思います。

家業を継ぐってことに関しては、もの心ついた頃から両親に刷り込まれてきました(笑)。会社に出入りする材料屋さんにも「家業を継ぐ!」と言えば「偉いね!」と褒められますからね。人間って人に喜ばれたり褒められたりすると気持ちよくなるじゃないですか。だから、知らない間に洗脳されていたのかもしれないですね(笑)。



2016年に事業継承されてみて、苦労されたことは何ですか?

ウチの会社は有限会社と言う名の個人商店でした。父は経営者ではなくて、やっぱり腕の良い職人なんです。「仕事は取りに行かなくても来る。ちゃんと真面目に仕事をしていれば食い扶持に困ることはない」。そういう考え方の人です。それは一理あると思いますし否定は出来ません。でも、これから先それが通じるとも思えない。大量生産大量消費だった時代、技術力さえあれば口を開けていれば黙って仕事が来る時代ではもうないと思い、職人である父が手を付けてこなかった問題を僕が手を付けているという感じですね。

4年くらい前でしょうか。『ものコト100』という葛飾を中心とした若手経営者同士のネットワークを作りました。若い経営者が集まって、いろいろ話し合って、情報共有とか助け合っていこうという集まりです。その中で、経営への不安、先代や社員の悩み、いろいろなことを話し合っていると、みんな直面している問題って被っているんですよね。どこも苦労は尽きないわけです(笑)。

あとは、採用の問題ですね。僕は今44歳なんですけど、会社の未来のことを考えると若手を採用し育てていきたいという思いがあります。そのための労働環境の整備も進めているのですが、今って売り手市場じゃないですか。採用まわりは厳しいです。毎年1月か2月に、城東地区の高校の卒業生を対象に就職面談を一斉にやるんです。募集企業は150~200社くらいあるのに対し、参加する学校は年々減っている。しかも、うちみたいなファミリー企業なんて他にいないんです。1人の高校生に対して7社の募集がかかっているとか。「工業系だからって工業高校の生徒を採用するっていうのはもう忘れてください」なんて冒頭に言われる始末で、採用については本当に考えていかないといけません。先に話した自社商品によるブランディングも、こういった苦悩から生まれたアイデアです(笑)。

幸い最近20歳になる息子の友達がいてウチのHPを見せたら興味を持ってくれて採用することになりました。そうしたら別の友達も入社したいって。一気に20代の若手が2人入ることになりました。でも、喜んでばかりもいられなくて。長く定着してくれるように、僕たちも頑張らないといけない。




山田社長は、日本のものづくりの未来をどう考えていらっしゃいますか?

ものづくりは絶対だと思っています。よくメディアで取り上げられる美化された「ものづくり」って意味ではなくて。これはもう多分不動なもので、農業でも工業でも一緒なんだけど。

広告もメディア戦略も凄く大事だとも思います。とは言えスポンサーが付く有名プロスポーツ選手も同様、ものづくりの現場も一朝一夕では出来ません。投資の観点から見れば、見返りや成果が出るのに非常に時間を要します。僕が思う結果を急ぐ今の世の中では人材教育やものづくりの経験を積む事はとても時間がかかり、成功か否か短い期間で判断できません。とは言え新しい技術が全ての過去のノウハウや経験を凌駕出来る訳でもなく。もっと単純で昔からわかっていた事が沢山あったりすると思います。そう言ったものは根本的に、ものづくりや人間そのものの生き方に精通しているものだと思っています。



最後に、ミツミ製作所の今後の展望について教えてください。

金属加工や部品加工に固執する必要はないと思ってます。ただ今日から自動旋盤屋をはじめる人がいたとしたらば80年以上続けているアドバンテージは自社にあると思ってます。ですからそのアドバンテージやノウハウと言う根源を活かし、臨機応変に何時の世の中でも人に求められるものづくりに挑戦しつづけられる企業なれればと思っています。




<インタビュー情報>

有限会社ミツミ製作所
代表取締役 山田 賢一
会社ホームページ https://mitsumi-seisakusyo.co.jp/

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