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食品卸の問屋業に拘ることなく、世の中に貢献できる会社を目指す

ミキフーズ株式会社 
代表取締役 井沢 幹昌 

創業から現在に至るまでの変遷について教えてください。

ミキフーズは、大手食品卸問屋に勤めていた父が昭和62年(1987年)に独立して創業した業務用食品卸の会社です。創業当初は当時流行っていたテイクアウトのお弁当屋さんへの食材の提供を中心にしていましたが、コンビニエンスストアの台頭により次第にお弁当屋さんが衰退してきたことで、スーパーマーケットなどの惣菜デリカ部門に食材を卸させていただくようになりました。

ミキフーズでは、プロの調理人ではない方でも簡単に作れるメニューに必要な業務用冷凍食品の取扱いなどを得意としています。お客様一人ひとりに担当が付き、お客様と一緒にメニューを考え、提案させていただけることがミキフーズの強みの一つです 。

食品卸業として食品メーカーが作った商品をただお客様に届けるだけでは差別化することはできません。お客様に寄り添ってお客様のやりたいことを実現するため、様々なご要望にお応えできる体制を構築しています。

『「食」を支える一員として、その可能性の拡大と関わる人々の幸福と未来に貢献する』ことを経営理念として掲げ、お客様と一緒に成長していける企業でありたいと思っています。


井沢社長がミキフーズに入社された経緯を教えてください。

父がミキフーズを創業した頃、私は全寮制の学校に入学して寮生活を送っていたので、実は父がどういう仕事をしているのかあまり意識したことはありませんでした。そのため、家業をすること、ましてや継ぐということは全然考えていませんでした。

高校時代は寮生活の中で色んな先輩方に可愛がっていただき、自主性や上下関係など親元から離れてからの集団生活の中で多くのことを学ばせていただきました。大学に入ってからはバイトと海外旅行に明け暮れていて、バックパッカーとして二~三十カ国は旅行しましたね。高校時代の寮生活と大学時代のバックパッカーの経験が今の自分の基礎を作っているように思います。

バックパッカーをしていた経験から海外に行ける職種に就きたいと思い、商社やエネルギー会社を中心に就職活動をして、ご縁もあって水産・食品会社大手の日本水産に就職しました。

日本水産には7年ほど勤めたのですが、海外にいける部署は一部だったので30歳を手前にして将来のことを考えるようになりました。仕事的には順調で日本水産という会社自体は好きだったのですが、大手企業の中でやれることの限界を感じていたこともあり、このまま勤め続けていいのか悩んでいたんです。

そんな時、滅多に帰っていなかった実家に帰省し、父から「人を儲けさせるくらいならば、自分で儲けた方が良いのではないか?」と言われたことがキッカケで日本水産を退職し家業に戻ることに決めました。

ミキフーズに入社してからは営業の仕事を担当してきました。当時、取引先としてスーパーなどの惣菜デリカ部門が増えてきた時期だったので、全ての営業所を回って新規の開拓をしてきました。新規開拓する中でお客様のニーズを直接体感できたのはいい経験だったと思っています。



二代目として会社を引き継がれることを決めたキッカケはありますか?

ミキフーズに入社することを決めてから、いずれは自分が継がなければならないという使命感は持っていました。ただ、父からは経営者としての覚悟や在り方はあまり教わりませんでした。事業を引き継ぐために5年間かけて株式を移転させていたので、事業承継に向けて準備は進めていたのですが、承継するタイミングは決算月の数ヶ月前に急に父から「来年度からは任せる」と切り出されました。
その数年前から副社長として、ある程度会社を経営する覚悟はありましたが、正直に言って経営に関しては理解できていない部分の方が多かったと思います。代を交代して3年目くらいに、ようやく経営について真剣に考えるようになりました。それからは必死に会社経営の基本を勉強しましたね(笑)。

父は経営に関して何も口を出してきませんでしたし、代表を交代して数ヶ月以降は会社にも来ることもなくなったため、自分自身手探りでやっていったような状態でした。引き継いでからは本当にきっぱりと私に任せてくれました。



会社を継いでから変えられたことはありますか?

先代の時代と比べて人材教育に関しては相当注力するようになってきています。経営の基礎を学ぶなかでウチの強みは何処にあるのかを考え、お客様と向き合う社員一人ひとりが強みだと考えるようになりました。そう考えた時、本業の食品卸を伸ばしていくにしても、新しい事業を始めるにしても、人を育てていかなければ今後の発展に繋がっていかないと思うようになりました。

父の時代は社員を研修に出すこともなかったですし、教育に投資をするということがありませんでした。人を育てるという風土ができていなかったんです。人材教育に力を入れて、組織の土台を作る方針にシフトしたことが一番大きな変化だと思います。

また、会社としての経営理念も明確になっていなかったので、『「食」を支える一員として、その可能性の拡大と関わる人々の幸福と未来に貢献する』という理念を私が定めました。目指すべき指標がなければ組織が一体となって動いていくことはできないと思ったからです。

ミキフーズはおかげさまで創業30周年を超えることが出来ましたので、今後50年、100年と継続できる企業にしていきたいと考えています。そのためにも、後継者も含めて人を育てるということが重要なテーマになってくるんです。

後継者が親族承継になるかどうかは分かりませんが、誰かにバトンを渡していかなければなりません。次の世代に渡すためには何をしなければいけないかを逆算して考えて、財務状況を公開して社員と共に財務体質を改善する取り組みも始めています。家業から企業への転換は、自分にとっての必要不可欠なことだと思っています。


二代目経営者として直面された課題があれば教えてください。

これまでは会社としてあまり苦労というものを感じてこなかったのですが、現在、大きな困難に直面しております。新しい事業を始めようとした矢先に、大口のお客様との取引がなくなってしまい本業での売上げが大きく落ち込んでしまいました。
そのため、既存事業の立て直しに向けて様々な取り組みを行っていきました。経営状況の改善や会社の組織化、新規事業への取り組み、人材育成などを一度にやらなければならないような状況です。ある意味では危機感を持ち始めたからこそ会社の課題に真剣に取り組む覚悟が生まれたと言えると思います。

先代の父が築き上げてきた会社を引き継いだ二代目として、どうすれば自走できる集団に変えていけるかが課題だと感じています。
よく二代目の仕事は会社の組織化だと言われますが、まさにそのとおりだと思います。人が育つ仕組みができていれば会社はどんな状況でも強くあれると思います。その場しのぎの対応ではなく、人を育てる仕組みを整え、それぞれが役割を理解して動くことのできる自律した組織を作り上げることが二代目としての自分の役割だと思っています。


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今後の展望について教えてください。

これから人口が減少し続ける社会の中で、飲食店をはじめあらゆる業界で人材不足が深刻な問題になってきます。ミキフーズは、この会課題に対して食材を通して何か貢献できることがあるのではないかと思っています。
たとえば、お客様の要望に合わせた商品やメニュー、そして販促物の開発や製造をさせていただけないかと考えています。2016年には社内にキッチンスタジオを作り、お客様に最良のご提案をさせていただくための体制を整えてきました。

お客様の要望にお応えするためには、ノウハウや技術、人脈などが必要になってきます。その点、ミキフーズにはこれまで培ってきた食品に対する豊富な情報や知識、経験が揃っているため、それらを活用することでお客様の発展に貢献させていただくことができると思っています。
経営理念に掲げているように、「食」を支える一員として可能性を拡大させていくことに積極的に挑戦していきたいですね。食品卸に拘ることなく、弊社独自の付加価値を提供していくことで、世の中の役に立つ会社でありたいと思っています。


 

<インタビュー情報>
ミキフーズ株式会社 
代表取締役 井沢 幹昌
会社ホームページ http://www.mikifoods.com/information.html

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