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未来共創・非連続成長を実現させ、経営ナビゲート業から成長ステージ創造業へ

株式会社MAP経営
代表取締役 浅野 泰生



創業から現在に至るまでの変遷について教えてください。

MAP経営は全国の会計事務所に向けて経営計画、特に数値計画のシミュレーションツールやノウハウを提供して、会計事務所のクライアントである中小企業支援をバックアップする経営ナビゲート事業を展開してきた会社です。

MAP経営は元々、会計事務所の一事業部としてスタートしています。記帳代行や決算書の作成など過去の取引を整理する従来型の会計業務だけでなく、経営者と共に中小企業の未来を考えていく未来会計という考え方を持っていた先進的な会計事務所でした。

約40年前から一般的な会計事務所の業務だけでなく、事業承継やM&A、経営計画の作成など多岐にわたる業務を取り扱っており、それらの事業から分社独立する形で平成元年(1989年)に先代の高山がMAP経営の前身となる会社を設立したんです。

自社の業務を効率化するために開発した経営計画シミュレーションソフトが周りに知れ渡り、同業者から「ウチにも提供してほしい」と言われたことから広まってきたのがMAP経営の主なビジネスです。おかげさまで設立から約30年の間に多くの会計事務所からの支持をいただき、現在では全国で約1000の会計事務所とお取引させていただいています。



MAP経営の経営理念は何ですか?

MAP経営では、これまで「中小企業の輝く未来を創造する」という理念を掲げてきましたが、今年(2018年)から新しくM(ミッション)・V(ビジョン)・V(バリュー)・C(コミュニケーションワード)の4つを経営理念として策定しました。

私が代表に就任してから様々な事業を展開していく中で、対象は果たして中小企業だけでいいのかという疑問を持ち始めたのが経営理念を刷新したきっかけです。

新しく掲げたミッションは「未来共創」。中小企業だけでなく成長志向を持った大手企業や、企業の中で自己実現のために働くビジネスマンなど個人に向けてもサービスを提供していきたいと考え「中小企業」というワードを取り払いました。お客様と共に、事業パートナーと共に、そして、仲間と共に未来を創っていきたいという想いを込めています。

そのミッションに加えて定めたビジョンが「非連続成長」。人口が増え需要が供給を上回っていた時代から、1995年を境に生産年齢人口がピークアウトし供給過多の時代に突入したことで現代はモノが売れない時代になってきています。

そういった時代背景の中で、企業は現状維持を目指すだけでは右肩下がりになっていってしまうため、持続的成長や安定成長ではなく、既存の事業を守りつつ新しいことにもチャレンジする非連続な成長を目指していくことが必要だと考えて「非連続成長」というビジョンを定めました。非連続成長を志す人たちや企業を応援するためには、まずMAP経営自体が非連続成長の象徴にならなければいけないと思っています。

ミッション「未来共創」とビジョン「非連続成長」を実現するための行動基準となる「お客様中心発想」、「成長スパイラル」、「自分経営」、「積極志向」の5つのバリューと、「未知を道に変えていく」というコミュニケーションワードを定め、この4つのMVVCの統合がMAP経営の新しい経営理念になります。


(新入社員向けのクレド共有の研修にて)

MAP経営の強みを教えてください。

MAP経営の強みは、経営計画シミュレーションソフトを先駆的に生み出し提供してきた独自性の高さが一つ。他社がなかなか真似できないような独自のソフトウェアとノウハウは多くの会計事務所から評価していただいています。

大手ソフトメーカーの提供する財務会計ソフトは、過去の取引を整理するための過去会計のツールですが、MAP経営が提供させていただいているソフトは将来的に会社をどうしていきたいかを会計に落とし込む未来会計のツールなのです。

また、ソフトを提供するだけでなく研修と組み合わせることで再現性の高いサービスを提供させていただいている点も強みの一つだと考えています。ある一定以上の能力があれば誰でもソフトを使いこなせるよう研修コンテンツをセットで提供することで、会計事務所の業務を標準化し再現性を高めているんです。

そして3つ目の強みとして、全国で約3万ある会計事務所の中で上位10%の3000社に入っていると思われる1000社の会計事務所をお客様としている点が挙げられます。業界の中でトップクラスの実績を出されている会計事務所に会員になっていただけていることで、MAP経営が提供するノウハウだけでなく、実践して成果を生み出されている会員同士が情報交換できるようなネットワークを構築しています。

MAP経営は、単なるソフトウェア製造業や研修やコンサルティングを提供するサービス業の枠に留まらず、それらを有機的に組み合わせて未来の創造を志向してきた会社です。これからの時代は既存の業種・業態に縛られない新しい市場を生み出していくことがますます必要になってくるため、従来の強みを活かしながら非連続な成長を目指していきたいと思っています。



浅野社長は幼少期から学生時代までどのように過ごされてきましたか?

自営業をしている家の長男として生まれ、両親からは過保護に育てられてきたため、今思えば世間知らずというか考えが甘い子どもだったと思います。両親が教育にお金をかけてくれていたおかげで小学校・中学校あたりまではあまり勉強をしなくても成績は良い方で、高校は地元で一番偏差値の高い学校に進学しました。

ただ、高校時代に全くといっていいほど勉強しなかったため、周りのほとんどが偏差値の高い大学に入っていく中で私は二浪しても志望大学に入れず、大学受験で人生初の挫折を味わうことになります。良い大学に進学した周りへのコンプレックスが物凄く強く、就活のときも自分に自信が持てませんでした。

今でこそ経営者や税理士の方々に目的や目標などビジョンを持つことの大切さをお話しさせていただいていますが、自分自身への自信のなさから就活のときは全くビジョンを持って活動していませんでした。大きな会社に入って50歳くらいに部長になれていたらいいなといった漠然とした目標しかなかったんです。

そういった自信のなさや目的意識の希薄さが採用面接の時に分かってしまうのでしょうね。18社面接に行ったものの1社も内定をもらえませんでした。就職が上手くいかなかったことも就職氷河期の時代や人のせいばかりにしていて、結局は親のコネで大手の飲料メーカーに入社させてもらったことが社会人としてのスタートです。

MAP経営にはどのような経緯で入社されたのですか?

飲料メーカーに就職してからはスーパーやコンビニ、自販機への配送業務を担当しました。誰かに認められたいという承認欲求がすごく強く、自販機にジュースを詰めるだけでいい仕事だったのに、わざわざ事務所まで入っていって名刺を置きにいったりしていましたね。真夏の時期は悪夢のように大変な仕事で汗だくの状態で仕事をしていましたが、ジュースの詰替えにきている若造の名前を覚えてくれるような人は一人もいませんでした。

親に入れてもらった会社なのでコツコツと仕事は続けていましたが、キツイ肉体労働の仕事にどうしてもやりがいを見出すことができず、悩みに悩んだ結果4年9ヶ月でその会社を退職することになります。大学時代に知人からの勧めで簿記だけは真面目に勉強していたため、手に職を付けるために税理士を目指して会計事務所に転職しました。

ただ、一度転職をすると会社を辞めることのハードルが低くなるのか、それから幾つかの会計事務所を転々とすることになります。誰かに認められたいという思いが強かったため、こんなに一生懸命やっている自分のことを認めてくれないのは上司や会社の制度が悪いと思い込み、自分を評価してくれる会社を探そうと転職を繰り返していたんです。

何度転職を繰り返しても望んでいるような評価をしてくれる会社はなく、さすがに33~34歳の頃に、これは世の中が悪いのではなく自分自身に問題があるんだと気づかされました。ある方に「与えたものが得たもの」という言葉を教えてもらったことが一つの転機になりました。

当時の私は、会社に何も貢献できていないのに自分が得ることしか考えていなかったんです。お客様に価値を提供し、会社の利益に貢献していなければ社会人として一人前でないという当たり前のことが、ずっと甘やかされて育ってきた私には分かっていませんでした。

「会社の成長を自分の成長と捉えられるような人間にならなければいけない」と考えを改め、4度目の転職で先代の高山に拾ってもらったことがMAP経営に入社したきっかけです。この会社を最後の転職先にしようと決意して入社しました。


MAP経営に入社されてからはどのように仕事に取り組まれましたか?

MAP経営に入社してから、「与えたものが得たもの」と同じような考え方をお客様から教えていただきました。

タライの理論という「タライに張った水を自分の方に引き寄せようとすると脇から水が逃げていく。逆に相手側に水を差し出すようにすると回り回って水は自分の方に流れてくる」という考え方を教わったんです。

この考え方は全てのビジネスに通じるし、人生そのものだと感じて、MAP経営に入社してからは、まず自分が何を与えることができるのかということを考えて仕事に取り組んできました。

とにかく最初の一年間は365日年中無休で会社のために時間を費やすことだけを考え、誰よりも早く出社して誰よりも遅くに退社するという生活を続けたんです。何かを成したというよりも自分が持てる時間の全てを会社に費やす姿勢を先代の高山が買ってくれて、平社員で入社して丸一年で取締役のポジションを与えていただきました。

先代の高山は、見た目も温厚で人との関わり合いを大事にされる優しい方でしたが、一方で仕事の面では非常に厳しい方でもありました。声を荒げたり人前で叱責したりするようなことはありませんでしたが、言葉の一つひとつが非常に重たかったのを今も覚えています。

私とは二回り弱年齢が離れていて、年格好として亡くなった父と世代的にも近い存在でした。まだ未熟だった私が好き勝手なことを言っても、広い心で受け止めてもらえたのが有難かったですね。
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(右:創業者の高山氏)

異例のスピード出世を果たされたとのことですが、会社を継いで社長になるという意識は早くからお持ちだったのでしょうか?

MAP経営に入社する段階から、責任のある仕事がしたいと思っていたため早く役員になりたいという気持ちは持っていました。採用面接の際、役員の方から「最後に伝えたいことはありますか?」と問われた時に、「一日も早くそちら側に座れるようになります。」と宣言したくらいです(笑)。

結果的に一年で役員にさせていただくことができたのですが、役員になって思ったのは影響力や責任、権限の面で社長と役員では雲泥の差があるということです。会社は社長で決まるものだということを役員になってはじめて強く実感し、やはり役員になるだけでなく社長を目指さなければならないと思うようになりました。

私は社長を偉い人だとは思っていないんです。役職は役割であって、社長の役割は意思決定をして会社の方向性を決めることだと思っています。偉くなりたいというよりも、会社の舵取りをして社員一人ひとりが目標に向かってモチベーション高く働ける環境を構築する役割を担いたいと考えていました。



社長に就任されることになったきっかけを教えてください。

2014年に二代目社長に就任することになるのですが、その前年の2013年に高山から「次は浅野さんに社長を任せたい」と切り出された時に、高山の後を継ぐことのプレッシャーから「高山さんがいらっしゃるんだったら、そのままやり続ければいいじゃないですか」とお断りしてしまったことがあります。

高山は社員に対しても気配りを忘れず、お客様に対しても凄く丁寧な対応をする方だったので、同じようにできる自信がなくMAP経営を継ぐことはできないと思い始めていたんです。それまで上司から仕事を依頼されたら内容を聞く前にイエスと返事をすることを心がけていたのですが、唯一拒んだのが社長就任の打診でした。

そんな中、忘れもしない2013年の8月19日、早朝に新宿の喫茶店で高山に頭を下げられて「社長を引き受けてくれ」と言われたことがきっかけで、後を継いで社長に就任することを決めたんです。

フラフラしていた自分を拾ってくれた高山に頭を下げさせてしまったことを本当に後悔しました。そして、私より社歴も長く各分野で能力の高い人間は他にもいたにも拘らず、なぜ私を後継者として指名してくれたのかということを考えさせられましたね。

私なりにその理由を考えてみて、高山の志を一番理解して、それを実現する気持ちが一番表現できていたのは自分だったんじゃないかということに思い至りました。高山と同じような経営者にはなれないと社長就任を拒み続けてきましたが、会社として目指すべき目標が同じであれば高山のようになれなくてもいいと思うようになったんです。

製品やサービスを通して中小企業を元気にして、中小企業を良くすることで日本の経済を活性化させたいという想いは高山と共通していました。その想いを実現するために多少道順は変わってもいいんだと思えた瞬間に引き継ぐことを決意しましたね。


社長に就任されてから直面された課題があれば教えてください。

先代の高山が構築してくれたビジネスモデルの仕組みが優れていたために、仕組みで仕事ができているような状況が強く、また経験豊富なベテランの社員がほとんどだったことで若手を育てる環境が整っていませんでした。加えて、社員一人ひとりが個人プレーで仕事をしてきたため、会社として全体の底上げができていなかったことを課題として感じました。

システム開発・研修・コンサルティングといった全ての業務に関して、個人の力量に依存する属人的な在り方から、若手であってもある程度の努力をすればできるような標準的かつ再現性のある仕事にしていかなければいけないと思うようになったんです。

また、安定的なビジネスモデルが構築されており月々の会費という安定収入が確保されていたことで、全社的におっとりした社風が根付いてしまっていました。外部環境がこれだけ変化している現代社会の中で、我々自身も変化に適応してお客様のニーズを汲み取っていかなければ企業として継続していくことはできません。組織として変化への免疫が弱かったことも課題でしたね。

二代目社長として就任したからには、そういった課題を自分なりのやり方で解決していかなければならないと考え、風土改革・構築には力を入れてきました。具体的には就任2年目にマップバリューという行動規範を定めて風土の醸成と底上げに取り組んできたんです。


(講師として登壇した研修にて)

具体的にどのような取り組みをされているのでしょうか?

マップバリューとして取り組んできた試みを更に発展させる形で、今年になってから「お客様中心発想」、「成長スパイラル」、「自分経営」、「実践貫徹」、「積極志向」という5つの新しいバリューを制定しました。

「お客様中心発想」とは、常にお客様を中心においた発想でお客様すら気づいていない真のニーズを引き出すということです。我々の仕事は顕在ニーズではなく潜在ニーズを引き出しながら、それを満たすものを提供していかなければなりません。別の言い方をすればイノベーションを起こしていくことが必要なんです。

「成長スパイラル」とは、常に成長を意識しとどまることなく成長のスパイラルを描いていこうということ。現状維持は万死に値するというのが私の持論で、とにかく昨日よりも今日、今日よりも明日と常に変化をし続けなければならないという想いを込めています。

「自分経営」は会社に所属している社員でありながら、その前に“自分株式会社”の経営者として自分の責任をちゃんと自分で取れる人間になろうという意味で、「実践貫徹」はやると言ったことを最後まで諦めずに貫徹して実践する姿勢を意味しています。

最後の「積極志向」は、高い目標を掲げれば必ず壁にぶつかると思っているので、壁にぶつかったとしても事実をありのまま受け入れてポジティブに解釈し、志高く全てをプラスに変えていこうという意味を込めている言葉です。

これらの新しいバリューを行動基準として社員一人ひとりの意識を底上げしながら、「未来共創」というミッションと「非連続成長」というビジョンの実現に向けて取り組みを始めています。


(社員旅行にて)

今後の展望を教えてください。

現在の会計事務所をメインターゲットとしたビジネスだけでなく、新しい市場を創造する新規事業にも積極的に取り組んでいきます。これまでのソフトウェアとノウハウ提供を中心とした「経営ナビゲート業」から「成長ステージ創造業」という業態に転換していきたいんです。

先代から継承した「中小企業を支援しながら日本経済を活性化する」という理想は変わらずに持ち続けていきますが、現実的な問題として全ての中小企業に向けて何らかの手を差し伸べていくことはできません。

限られた資源と時間の中で優先順位を付けていかなければならないため、中小企業や大企業という規模の括りではなく成長したいと考えている企業や人をもっと引き上げていけるような事業展開をしていきたいと思っています。

そのために、これまでの会計事務所向けのプロダクトだけではなく、経営者向けのプロダクトを提供していく予定です。経営者が経営戦略を立案し目標を達成するためのKPIを管理してPDCAを回せるような、世の中にありそうでなかったプロダクトを今期から提供しようと考えているんです。

この戦略立案からPDCAの定着までを実現できる新しいサービスで、成長志向企業の経営者のビジネススタイルを変えていきたいですね。これからの3年間で成長志向企業の売上げを倍にする目標を掲げており、GDP換算すると30兆円の経済効果を生み出していきたいと思っています。

成長志向企業の経営者を支援する成長ステージ創造業の会社としてMAP経営自体も非連続成長を実現していくつもりです。




<インタビュー情報>
株式会社MAP経営
代表取締役 浅野 泰生
会社ホームページ https://www.mapka.jp/

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