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社員一人ひとりがイキイキと働ける環境を目指す

牧野電設株式会社 代表取締役 牧野 長

― 御社の概要や歴史について教えてください
1978年創業、今年40周年を迎える電気工事を主とする会社です。
今でこそ、電気工事の業界では上位1.6%に入る会社ですが、父親の代で大手の取引先が相次いで倒産したことで連鎖倒産しかけた時期もありました。

創業初期は職人仕事の延長で三次・四次下請けでしたが、90年代に新築マンションの工事現場を全体的にマネジメントするビジネスモデルに転換し、現在のビジネスの礎を構築しています。

一時は傾きかけた経営を先代社長が建て直し、私が二代目となるまでに会社の基盤を整えてくれました。おかげで、現在では人材採用や教育に注力することができ、建設・電気工事の業界でも、突出した人材育成のシステムを備えた会社であると自負しています。



― お父様の会社に入社したきっかけは?
会社の良い時期ばかりでなく父親が苦労をしていることをよく知っている母親からは、「お父さんの会社は継がないでほしい」と言われていました。
厳しく怖い父親でしたが、経営者としての働き方を傍目で見ていて、すごく苦労していて大変そうだった反面、それでいて仕事をとても楽しんでいる表情をしていたことは覚えています。

2002年、私が22歳のときに父親から一緒に働かないかと誘われたのですが、楽しそうに働いていた父親の表情が決め手となり入社することを決めました。
入社してからは工事現場の監督を約9年間担当させてもらいました。私が入社した頃はまだ安定した経営状況とはいえませんでしたが、中堅から大手の取引先も増えてきて、徐々に収益も改善し経営基盤を安定化させてきました。



― 事業を承継したきっかけは?
2011年の9月に父親が急逝したことをきっかけに私が二代目として就任しました。
いずれは継ぎたいという思いは持っていましたが、父の弟である私の叔父や、私より社歴が長い経営幹部が2人いましたので、父が引退した後もワンクッション挟んで自分だろうと思っていました。

しかし、2010年頃、経営幹部を集めた会議の場で、父が「数年以内に引退し、後継者は長男の長(たける)に譲る」とはっきり宣言してくれたのです。そう言ってくれていたおかげで、父が亡くなった時に、揉めるようなこともなくスムーズに承継することができました。
もともと父は「血縁関係だけで考えるのではなく、能力のある者だけに会社を譲る」と公言していたので、後継者として指名されたときは認められたような気がして嬉しかったですね。


― 事業承継後に、直面された課題はありましたか?
父が経営の安定化に尽力してくれたおかげで負債は返し終わっており、ほぼ無借金の状態で承継したので、資金繰りなどの面では苦労はありませんでした。承継するまでに安定した経営基盤を作ってくれた父には感謝しています。
ただ、人材面については課題を感じていましたね。当時、社員数13人に対し年商が13億円くらいの規模だったのですが、仕事の7~8割は外注に出しており、外注依存度が非常に高い状態でした。社員数が少ないため固定費の割合が低く、売上規模の割にスリムな組織だったのです。

社長に就任する直前の2011年の春から、人材の採用責任者を務めさせてもらっていたのですが、外注に依存する体質から脱却していかなければいけないという思いで、この頃から新卒採用を始めました。
会社の一番の財産は“人”ですから、この頃から人材採用・教育に力を入れていきたいと考えたのです。

― 経営者としての自覚・意識が固まったのはいつ頃からですか?
正直に言って社長に就任した直後は、まだ経営者としての自覚は固まっていなかったですね。経営者としてのスイッチが入ったのは、2015年の末から2016年にかけての頃だったと思います。大きな契機としては、先代社長の弟であり私の叔父である専務の退任が挙げられます。

専務は、仕事の能力は高い方で、彼に任せておけば大口の工事現場はどんどん片付いていくような存在でした。
ただ、プレーヤーとしては優秀でも昔気質の方だったので、潰されてしまう部下も多く、人を育てるということができない方でした。部下が辞めても代わりの人材を採用すればいいという考え方だったのです。

新卒を採用するようになり、私は「人は代わりのきく部品じゃない。同じマインドを持ち、同じ方向を見ることができる人材を、会社の成長のために育てなければならない」と考えはじめていたので、「人の育て方」の面で、専務とは考え方が決定的に異なっていました。
収益性を考えれば専務は必要な人材でしたが、目先のことだけを考えていては父親からバトンを渡された会社を今後何十年と継続させていくことはできないという思いから、専務に退任してもらうことを決意しました。
この頃から経営者としての自覚が芽生え、意識が高まってきたように思います。



― 経営者としてのスイッチが入って変わったのはどういうところですか?
以前は社長のイメージとして、もっとスマートで上から指示を出すイメージがありました。ところがそうではなく、社長の役割は、誰よりも人と関わって、人の感情と向き合っていくことなのだと気づいたのです。
特に人が増えて組織が大きくなってくれば尚更です。価値観が異なる人間が増えてきますので、社長として自分の考えや感情、想いを伝えて、理解してもらわなければ組織を動かしていくことはできません。
​​​​​​​社長が一番偉いんだと思っていたのが、そうじゃないと思い直したのもその頃です。私が一番皆に気を使って、一番細かい面を見ていて……、要するに社長の仕事ってどろくさいものなんですよね。何が一番大きく変わったかというと、世間一般的な華やかでスマートな社長像が消えて、どろくさくなったことじゃないかと思います。


2011年から新卒採用を始めて、2016年には社員数が30人くらいまで増えていました。学生たちは新卒というカードを一枚切ってうちの会社に来てくれるんです。私の感覚・考え方ひとつで、その子たちの人生は大きく方向性が変わってしまいます。経営者として、「人の人生を預かっているんだ」という感覚が出てきました。
人の人生を預かるんだから、私が一番社員たちと向き合わなければなりません。社員たちが何を考えているのか知らなければならないですし、自分が考えていることを知ってもらわなければならないと強く感じたのです。
人として向き合って自分の考え方を知ってもらうのは、照れくさくて気恥ずかしかったですし、いまだにその感覚はなくなってはいません。今でも上手くできないことも多々ありますが、社長としての役割から「向き合う」とか「逃げない」覚悟ができました。気取らなくなったとも言えるかもしれません。

― 人材採用・教育の具体的な取り組みを教えていただけますか
はじめて新卒採用を開始した2011年の3・4月は、ちょうど東日本大震災の直後でした。そこで一つの転機が訪れました。
当時「もしかしたら説明会に誰も来てくれないのではないか」という不安から「文系・理系」、「男性・女性」を問わず、間口を広げて募集をしたのです。すると、集まってくれた学生の約8割は文系で、その中でも1~2割は女性でした。
集まってくれた学生から話を聞くと、「震災による原発事故や計画停電などの経験から電気の重要性を強く感じ、電気設備の仕事を通して社会に貢献したいという気持ちが出てきたが、やりたいと思っても専門の学部ではないため採用してくれる会社がない」という声が非常に多かったのです。
その当時はまだ社長ではありませんでしたが、「文系でも働ける環境をつくるから、一緒にやろう」と言って5人採用しました。5人中3人は文系の学生でしたね。ただ、最初は満足いくような研修はできませんでした。大口を叩いた割には、何を教えていいのか手探りの状態だったんです。研修期間も3~4日くらいで、研修資料も20ページくらいしか作れませんでした。


そこからスタートして6~7年たった今、文系の新卒社員も入社した年の6月には国家資格を取れるような体制を構築することができています。今では、研修期間は1ヶ月半、資料は300ページくらいあります。また、社内やユニフォームをきれいにして女性でも働きやすい環境を整えたことで、辞めずに残ってくれている女性社員も大勢います。数年かけて、文系の社員が活躍し、女性が根付く環境をつくることができました。
ようやく、当初目指していた働きたいという気持ちはあっても働く場所がない人材に手を差し伸べて上手く機能する仕組みができたのです。

最近ではシングルマザーを技術者に育てるプロジェクトも推進しています。現在、7人のシングルマザーを、契約社員としてですが、正社員にすることを前提として雇用しています。



― 先代の時代から、変えるべきものと変えてはいけないものはありますか?

先代社長の考え方や理念は、実はあまり明文化されはいません。ただ、仕事に対して常に挑戦心を持て、挑戦者であれというマインドは先代から引き継いでいるような気がします。
2011年にWebサイトをリニューアルした際、牧野電設の経営理念は何かと父親に尋ねたことがありました。最初は「そんなもんねぇ」と言っていたんですが、「強いて言うなら、創意工夫と日々挑戦すること」とボソっと言ったんです。
その言葉が凄くいいなと思ったので、会社の経営理念として「創意工夫」と「日々挑戦」を掲げています。先代である父親から引き継いだ「創意工夫」と「日々挑戦」のマインドは、これからも変わらず根っこにしていきたいと思っています。

また、今年(2018年)40周年を迎えるにあたって、会社のロゴなどCIをリニューアルしたんです。事務所のエントランスにはスタイリッシュにした新しいロゴを掲げていますし、名刺やパンフレット、Webサイトは全て新しいものに刷新しました。
ただ、外に飾っている看板には昔のロゴを残したままにしています。父親が会社を立ち上げた時に制定したロゴですし、30年近く経つこの社屋を建てた時に、一国一城の主として、どれだけ誇らしい気持ちであの看板を掲げたのかという思いがあり、尊敬の念を込めて外の看板だけは残すようにしています。
変えるべきところは、やはり教育につぎ込む労力と、離職に対する考え方の部分です。社員に辞められることがマイナスにしかならないのではなく、プラスになるような仕組みを作っていきたいと考えています。プラスになるかマイナスになるかは仕組み次第です。離職に対するマインドは徹底的に変えていきたいですね。




― 人材教育には相当強い想いで取り組まれているのですね。
「人をすごく大切にしている環境」は牧野電設の最大の特徴だと思います。給料の高さ、休みの多さ、定着率の高さなどを評価してくれる人もたくさんいますが、辞めさせない体制ではなく、辞めたとしても一人の人間としてやっていけるだけの教育をしようとしています。
事務職でも最初の一ヶ月で電気工事士の資格をとってもらうようにしています。なぜ事務職なのに資格をとらなければならないのかと言われることもありますが、会社のためだけでなく、社員の方々のためにも資格をとってもらうようにしているのです。
中途採用の場合、最長3年間契約社員として働いてもらい、3年間で必要条件のチェックリストを満たせたら正社員になれる仕組みを採っています。3年経って条件が満たせなければ、残念ながら契約更新はしません。


うちの会社を辞めることとなったとき、今よりも年齢を重ねていますから、もっと大変な就職活動が待っているわけです。電気工事士という資格を持っていれば、建設業界、電気工事の事務であれば間違いなく再就職の際の強みになるはずです。
また、仮に正社員としての要件を満たしていても、牧野電設の考え方に合わないと思うかもしれません。数年間勤めた結果、考え方が合わないのが分かっていながら、他に就職先がないからという理由で残り続けるのは、会社にとっても社員にとっても不幸なことだと思います。
単純なきれいごとではなく、会社として生産性を上げるためには、会社の考え方と合わず同じ方向を向くことができない社員に、一人でもいてもらっては困るのです。


教えるべきことは教え、嫌になったら離れることができる環境を用意して、心底この会社にいたいと思う人たちだけに残ってほしいというのが私たちの想いです。やはり、会社と社員がお互いに対等だと思っている状態が、一番生産性が高いですからね。




― 建設業界の中では相当変わった取り組みなのではないですか?

牧野電設は、組合関係の仲間や業界新聞の記者さんなどから、「今までの建設業界にはなかった会社」と言っていただけることが多くあります。建設業界は、独立や転職が当り前の業界で、そもそも新卒を採用しないところも多いですから。
新卒は当然育てるのにコストがかかります。コストをかけずに育った人材だけほしいという会社が多いのです。「せっかく教えて育てたのに辞められたら勿体無いじゃないか」と言われることもあります。


しかし、牧野電設では、社員が転職を考えていたら転職活動を応援してキチンと送り出してあげた方が自分たちの自信になると考えています。
転職してしまう恐怖に怯えるよりも、その方が生産性が高いと思いますし、何より育てるノウハウは強みとして会社に残りますから。工事の技術を磨くよりも、簡単に自分たちの強みが活かせると思います。


― 今後どのようなビジョン・展望をお持ちですか?
業界全体で人材不足は深刻な問題です。現在、この業界で働く人の平均年齢は48歳で、55歳以上が35%を超えており、あと10年くらいで就労人口が半分になるのではないかと言われています。
市場規模はバブルの時に82~83兆円だったのが、リーマンショックの時に41兆円まで減り、現在52~3兆円まで盛り返しています。今後一気に市場規模が縮小するとは考えづらいので、50兆円程度の水準で推移していくのではないかと思っています。
ピーク時から考えると市場規模は約半分になってしまいましたが、働いている人の数も同じ割合で約半分に減少しています。一人当たりの生産性があまり変わっていないのです。
10年後に、市場規模が現在と同じ水準で就労人口が更に半分に減少することを考えると、相対的に倍忙しくなることになります。人の集め方を工夫するのか、人員に頼らない仕組みを構築するのかは、業界全体の課題であるといえるでしょう。

牧野電設では新卒採用や人材教育に力を入れていますので、まずは人を確保できるようにと考えています。会社規模に関係なく、人材が枯渇してしまうと土俵から降りざるを得なくなるため、まずは人を集めて育てられる環境を作っていきたいですね。
一方で、世の中には、何らかの理由で働きたくても働けない人たちが一定数いるのも事実です。そこをマッチングする架け橋になれれば、三方よしですよね。

牧野電設は、電気工事の会社としては上位1.6%に入ってはいますが、それでも約二万四千社の中で三百数十番目の会社です。電気工事の業界で三百数十番目の会社としてではなく、採用力や教育力の会社としては一番のオンリーワン企業を目指したいと思っています。
だから、「牧野電設って何をやっている会社ですか」と聞かれたら、将来的には「人を育てている会社です」と言えるようにしたいですね。

また、業界全体でビジネスモデルの在り方について考えていくことも必要です。
電気というエネルギーが数年以内になくなるということはないでしょうし、仮に新しいエネルギーが登場してもそれを繋ぐ媒体は必要になるため、工事という仕事自体は簡単にはなくならないと思います。
ただ、技術の進歩により、無線などによって電気を送れるようになってしまえば、電気工事自体が不要になる可能性もゼロではありません。
電気工事が不要になる時代が到来したとき、牧野電設はどうやって生き残っていくのかを考えていかなければなりません。
その一つの柱が、人材教育のシステムになるのではないかと考えています。これまでは建物を作ることで付加価値を生み社会貢献してきましたが、これからは誰が作れるようにするかの側で存在価値を見出していきたいですね。

売上目標100億円と話したりすることもありますが、実は売上はあまり気にしていません。本当にやりたいことは、社員数に見合った確実な利益を出すことです。売上がどれだけ拡大しても利益を生み出さなければ社員に還元できないですかね。確実な利益を出し、社員に正当に還元することで、全社員が業界の平均収入よりも高くなるような組織体制を整えていきたいですね。やっぱり働く人が一番ですから。
また、この業界は「きつい・汚い・危険」の3Kで有名です。電設業界で働く人のためにも、これを「きれい・かわいい・かっこいい」に変えたいですね。業界の常識にとらわれることなく、社員一人ひとりがイキイキと働ける環境を実現しながら、成長し継続する会社を目指していきたいと思っています。


<社長プロフィール>
・牧野 長(まきの たける)
・1980年生まれ
・2002年入社
・2011年より現職
・2代目

<会社プロフィール>
​​​​​​​・牧野電設株式会社
・業種:電気設備工事
・従業員:38名
・理念:『創意工夫』、『日々挑戦』
・創立:1978年

牧野電設株式会社(http://www.makino-d.co.jp/