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クリエイティブなヘアケア商品の開発を通して、働くのが最高に楽しい環境構築を目指す


近代化学株式会社
代表取締役社長  岡部 達彦



創業から現在に至るまでの変遷について教えてください。

近代化学は主にヘアカラーやパーマ剤、シャンプー・トリートメントなどヘアケア関連商品を製造するOEMメーカーです。創業者である私の祖父が、海外から輸入したパーマ剤の販売事業を始めたことをきっかけにヘアケア業界に入り、1930年には銀座で美容院を開業したことが、近代化学の創業となります。

1947年に日本初のコールドパーマ液を開発して以来、時代のニーズに即した製品の開発を続け、1955年に販売部門と研究・製造部門を分離する形で当社の前身となる「近代化学研究所」を設立。提携する事業パートナーと共に国内におけるコールドパーマ液の特許を取得し、パーマのブームをけん引してきたと聞いています。

創業から60年以上ヘアケアに特化した製品の研究開発・製造を行ない、「日本人の黒髪を守る」事業を続けてきたのは当社の特徴的な強みです。以前は美容室のプロ向けの商品しか製造してきませんでしたが、私の代になってから様々な流通ルート向けのヘアケア商品の取り扱いも始めています。



御社の経営理念について教えてください。

当社の経営理念には変遷があります。創業期から数十年の間は「頭の健康管理」という理念を掲げていました。「健全な頭髪が生えるためには健全な頭皮を守ることが大切である」ことを提唱して、シャンプーやトリートメント、育毛剤の販売に力を入れてきたのです。

十数年前に私が代表に就任してから「化粧品づくりは幸せづくり」という理念を制定。化粧品をつくることによって人の幸せをつくることを目指して事業を展開してきたのですが、ここ数年で「化粧品」に固執することはないと思い至るようになりました。

そこで2018年に再構築した経営理念が「共に人を育て共に幸せをつくる」。化粧品にこだわりつづけるのではなく、将来的には様々な分野から「人の幸せづくり」に貢献したいと思い制定した理念です。人の幸せをつくるという本質的な部分は変わっていませんが、そのための手段は必ずしも化粧品でなければいけないということはないと思っています。



岡部社長が近代化学に入社して三代目に就任されるまでの経緯を教えてください。

小さい頃から自由研究でセンサーを作ったりするのが好きで、将来的に化学系ではなく電気工学や電子工学など工学系に関心が強かったため、父親には「後を継ぐことはないから」と伝えて理系の大学に進学しました。父もそのときは他に後継者を育てるつもりだったと思います。

大学卒業後に就職したのは護衛艦や武器の製造などを手掛ける造船会社。当時、船舶事業部の他に、橋やクレーンなどをつくる鉄構事業部や宇宙開発をする航空・宇宙事業部などいくつもの事業部があり、私は船舶事業部に配属されて働いていました。

一つの転機となったのは湾岸戦争です。自分が携わってきた武器製造が戦争に使われているのを目の当たりにして、このままでいいのかと考えるようになりました。当時は武器関連の部署で働いている限り他部署へ異動になることはまずなかったため転職を決意。ただ、携わってきた仕事内容から、すぐに転職できるような先はアメリカの軍需産業ばかりで。

そんな状況で正月に実家に戻った際、創業者の祖父と話をして「ウチの会社を継いでほしい」と乞われたことをきっかけに家業を継ぐ決意をしました。

最初は近代化学で製造した化粧品・ヘアケア関連商品を販売するセフテイという関連会社に28歳で入社し、約10年間営業の仕事を経験した後、2005年に近代化学に入社することになったのです。そして、その翌年2006年に父と代表を交代して近代化学の社長に就任しました。



社長に就任されてから新しく取り組まれたことはありますか?

以前はプロ向けの商品を取り扱うヘアケア化粧品メーカーであるセフテイ専属で商品開発を行なっていたのですが、私が代表に就任してからは一般消費者向け商品にも進出したいと考え、幅広いメーカーとOEMのお取引きをしていく方針に切り替えました。

安定した一社専属のビジネスモデルからの転換には正直に言って社内的な反発もありましたが、将来を見据えたときに様々な視点から製品を開発したいという想いがありました。

経営を引き継ぐ以前、30代の頃に美容業界の次世代を教育する勉強会にたびたび参加していたことが今に活きていると感じています。そこで美容業界の人脈が広がり、様々な地域のメーカーさんやディーラーさんと繋がることができました。仕事で直接お客様になっていただくというよりは、業界内の情報を共有する仲間ができたことが私にとって大きいですね。「今はこれが流行っているよね」という生きた情報が自然と入ってくるようになりました。


経営者になられてから直面された困難があれば教えてください。

社長に就任する以前はトップリーダーが自分の意見で指示を出せば皆ついてくるものだと安易に考えていたのですが、いざ自分が経営者の立場に立ってみると、そんな簡単なものではないということを思い知らされました。

私が経営者に対して抱いていたイメージは「お山の大将とその子分たち」だったのですが、「学校の先生と生徒たち」のような関係性で、上から目線で指示を出しているだけでは誰も言うことを聞いてはくれないんですよね。

「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」という山本五十六氏の有名な格言がありますが、まさにその通りで人を動かすためには目線を合わせて動機付けをさせていかなければいけないと痛感しています。

あらゆることに気を配らなければならないので胃が痛い毎日ですが(笑)、思った通りにいかないことが経営の面白いところだと思っています。ゲームでも簡単に強くなったり成功してしまうとすぐつまらなくなってしまうじゃないですか。思ったように上手くいかないからこそ経営者という仕事にやりがいを感じますね。



組織づくりの点で意識されていることはありますか?

創業者の祖父が90代で亡くなるまでずっと代表権を持っており、以前は強烈なトップダウン型で社長以外は全員平社員のような組織だったので、私の代になってからその部分を改善することを意識してきました。先代の父も何とか改革しようと苦心していたようなのですが、創業者の影響力が強すぎたため上手くいかないことが多かったのです。

具体的には、私が社長に就任してから顧問になってくださった方の意見を採り入れて、経営理念を刷新したのに加えて経営指針を明文化しました。最初は私自身、ただ教えられたように経営指針をつくっていた感じだったのですが、中小企業家同友会の勉強会に参加して勉強を重ねていくにつれて、経営指針を明文化することの必要性に気づいたのです。

そのときに感じたのは上意下達で理念を押し付けていては人は動かないということ。こちらから一方的に押し付けただけでは「言われたことをやっているのに…」と不満が生まれてしまいます。過去の失敗の経験から、自分たちが何をしていくべきなのかという目標を社員自らが考え行動指針として落とし込んでいく方針に切り替えました。

会社全体としての経営理念は経営者が示し、細部の行動指針は自分たちで考えさせて実行するようにしたことで、徐々に自発的でモチベーションの高いボトムアップ型の組織に変わりつつあるのを実感しています。


今後の展望を教えてください。

単なるOEMメーカーではなく、周りからもっと相談してもらえる会社になりたいと考えています。OEMの仕事をしていく中で沢山の情報が集まる一方で埋もれていってしまう情報も多いため、それらを活用して周りの会社や社会に対して一層貢献していきたいと考えています。我が社の利益になるかならないかではなく、同業者の方々とも連携して取引先やお客様に満足していただけるような関係性を築いていきたいですね。

私自身も周りの方々に損得抜きで仕事の手助けをしていただいています。若手経営者の会で仲良くしていただいている大手メーカーさんに当社の海外工場の業務改善を指導していただいたり、大手商社の顧問の方にお仕事を紹介していただいたりと、本当に多くの方々に助けていただいており感謝の気持ちしかありません。

社内的には、社員たちがもっと楽しく自由に働ける環境を作っていきたいと思っています。職場環境や雰囲気、待遇面を向上させていくのはもちろんのこと、社員たちが働いていて最高に楽しい会社にしていきたいんです。おそらく今は多くの方が工場で働くことに対してポジティブなイメージを持ちづらいと思うのですが、機械に働かされるのではなく人の手で行なうクリエイティブな仕事を増やしていきたいと考えています。

今後、日本の人口が減少していくことを考えると、必然的に海外の市場も視野に入れていかなければなりません。世界のお客様を相手にする際に大切なのはオリジナリティがあるかどうか。日本の会社だからできること、当社でなければできないことがなければ海外で戦っていくことはできないのです。既にある原料を混ぜ合わせるだけでなく、独自の原料の開発から携わることをはじめ、もっと自由な発想で商品を生み出していけるような環境を整えていきたいですね。



具体的に面白い商品開発エピソードを教えてください。

当社では神奈川県海老名市の特産品であるイチゴの果汁を配合した「いちごシャンプー」を開発して販売しているのですが、これも開発した当初は本当に大変でした。すべてが手探りでイチゴ果汁の絞り方だけでも10パターン以上を試みました(笑)。ただ、その苦労があったからこそ、他社では簡単には真似できない面白い商品を生み出すことができたと思っています。

現在も、神奈川県座間市のひまわりをつかったヘアオイルの開発にチャレンジしているところです。ひまわりの花を乾燥させて種を取り出し、種から抽出した油から商品の開発を研究しているのですが、これがまた苦戦の連続で(笑)。

やったことのないことだからこそ苦労は絶えませんが、その分クリエイティブで面白いんですよね。このような積み重ねをしていくことで、周りから「こんなものできない!?」という相談が増えてくると思っています。そういった声がかかったときに、社長である私だけでなく社員から「やりましょう!」という声が挙がるような雰囲気を作っていきたいと思っています。



<インタビュー情報>

近代化学株式会社
代表取締役社長  岡部 達彦
会社ホームページ https://www.kindaikagaku.com/

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