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関わる人すべてを幸せにする「統合医療サービス」の実現を目指す


株式会社アイケー・メディケアワークス
代表取締役  榊 康充



創業から現在に至るまでの変遷について教えてください。

当社は、もともと建設業を営んでいたオーナーが地域貢献のため、他業種への参入という形で立ち上げた会社です。創業は平成9年ごろで、私が入社したのが平成16年。会社の経営を引き継いだのは入社から10年後の平成26年です。

事業内容は整骨や鍼灸の施術です。現時点で台東区と荒川区に計3店舗を構えていますが、実は私が経営を引き継ぐまでは4店舗でした。1店舗は譲渡しました。

この背景にあったのは、各店舗の運営方針の違いでした。初代オーナーは各店舗の院長を信頼してそれぞれの運営をほぼ任せていましたが、経営理念や経営方針を特に明文化していなかったため、その想いが十分に浸透していたわけではありません。この結果、店舗ごとに施術の内容も、料金も、そして運営方針もバラバラで同じ方向を向いていませんでした。

私が引き継いだときには会社全体として経営が芳しくなかったため、経営を立て直すためにどうしても、会社として方針の統一が必要だったんですね。同時に保険診療への依存が大きいこれまでのスタイルを改め、自費診療へのシフトを目指しました。

こうしてすべての院長さんと話をした結果、どうしても方針が違う1店舗についてはその方に譲渡することになったんです。



御社の強みはどのようなものですか?

一つはベテランスタッフが多いことです。この業界、特に大手の会社さんなどでは20代前半の若い方が多いのですが、当社のスタッフは平均年齢が40歳で、10年以上のキャリアを持つ方がほとんどです。中には整骨・鍼灸だけでなく、整形外科などでキャリアを積んだ方も働いています。若い人材ももちろん貴重ですが、お客さまの健康を預かる仕事である以上、経験豊富なベテランスタッフが多いことは当社の大きな強みだと思います。

もう一つは、離職者が少ないこと。初代オーナーの頃からずっと働いているスタッフも何名か残ってくれて今も支えてくれています。これにはとても感謝しています。理念とビジョンの共有が進んだことで、従来から在籍するメンバーと新しいメンバーがうまく調和し、雰囲気がとても良くなって来ました。

当社では「人との関わりを大切にする」という基本理念を掲げていますが、離職者が出ないというのは、すべてのスタッフにこの理念が浸透しつつある成果だと思っています。



榊社長の学生時代について教えてください。

小学校の頃から、スポーツは特に剣道と水泳をやっていました。剣道の方は中学校・高校の部活や大学まで続けていました。

実は、私の父は大学で剣道を教えていた体育教師、母は元国体の水泳選手なんです。典型的な体育会系の家庭でしたから、幼少時代から「運動」が生活の一部になっていました。

本当は大学では、剣道以外のことがしたくて、進路を決める際は父と激しい衝突もありました。本音で衝突してわかったのですが、剣道を続けていた理由の一つが「父に認められたい、期待に応えたい。」という感情が自分の中で大きかったことに気づきました。紆余曲折あったのですが、結局、体育の教員養成課程があり、剣道部の活動も盛んな大学に決めました。

ただ大学の剣道部は、中途半端な想いの自分が乗り越えられるような場所ではありませんでした(笑)。真剣に教員になりたいと考えていなかったこともあり、「本当は自分は何がしたいのか?」全くわからなくなって来ました。剣道中心の大学生活も身が入らなくなり、自分が病気になってしまったかと思うくらい頑張れなくなりました。

なんとか大学を卒業して、遅れを取り戻そうと大学院まで行きましたが、やっぱりまともな生活すら送れない。結局就職活動もせずに卒業しました。



どのような経緯で入社されたのですか?

何も決めずに東京に出てきましたから、上京して2ヶ月くらいは食品工場や引っ越しなど短期のアルバイトをしていました。初めて、社会に出て客観的に自分を見つめ直せたのはこの時期でした。

工場で働いている外国籍の方は、誰かを支えようと日本で一生懸命働いている。たとえそれがやりたい事だろうが、そうではなかろうが必死なんだなと。それを見ていると「自分はなんて甘いんだろう」と感じましたし、「自分の好きなことや得意なことで誰かの役に立てるのは決して普通のことじゃない、とても貴重なことなんだ」と気付いたんです。

私は小学校から大学院までずっと運動に触れてきました。ですからやっぱり「身体」に関することに関してはアドバンテージが残っている。

この強みを仕事に活かせないか?と考えて調べてみたところ、柔道整復師という仕事にたどり着きました。国家資格を取れば将来独立もできるということで、見習いを募集していたこの会社に入ったというわけです。

当初は資格を持っていなかったためアルバイトのような時給制でしたし、私自身「とりあえず資格を取れるまで」という気持ちでした。その後資格取得のために学校に通ったのですが、オーナーが学費を借りる際の保証人になってくれたこと、そして「最初の5年で資格を取得し、次の5年で店舗を任されるようになろう」という目標がその通りになったこともあって、その後もこの会社にずっと残ることにしました。


経営を引き継いだきっかけはどのようなものだったのでしょうか?

オーナーが病気で倒れてしまったんです。跡取りもいなかったため、突然の引き継ぎでした。ちょうど私が入社してから10年、店舗を任されてから5年が経過したときです。オーナーから病室に呼び出され、「全部任せたい」と言われたときには、急な事だったので困惑しましたが、それを大きく上回る想いがある事にもすぐ気づきました。

1つ目は、学費捻出のサポートをしてもらったことや、新院立ち上げの大きなチャンスを与えてもらったことに対して「恩を返したい」というオーナーへの想いです。また学生時代挫折したことや、誰かの力を借りなければ人は生きていけないということに気づいて、今ある環境に心から感謝できる自分になれました。

2つ目は、私以外の院長は皆私より年長者の先輩だったにもかかわらず、わざわざ私を指名してくれたこと。その「期待に応えたい」という想い。大学時代自ら手放した、「信頼」される人物にようやくなる事ができたんだなという実感をもらえた事は、何よりも有り難かったです。

3つ目が、会社に残っている「メンバーを守りたい」いう想い。そのために今自分に求められる役割が経営者でしたので、専門職である自分が現場を離れるという決心をしました。何人かの中小企業診断士に客観的に経営状況を見てもらったところ、全員から「辞めたほうがいい」「そんな甘いもんじゃない」と言われましたが、全て発奮材料とさせて頂きました(笑)。



社長への就任後、どのような課題に直面されましたか?

まず自分なりに抱えていた理想と現実とのギャップに悩みました。

一つは財務面の課題です。先ほどもお話した通り、私が経営を引き継いだ時点で会社全体として業績は芳しくありませんでした。それを立て直すためには経営者として厳しい采配を振るう覚悟も必要ですが、自分としては、できればリストラのようなことはしたくないわけです。「社員を守りたい、辞めさせちゃいけない」みたいな理想と、どうにかして利益を出さないと会社が潰れるという現実をすり合わせるまでに、3年もかかってしまいました。オーナーからも「もっと泥臭くやれ」と激励を受けましたね。

今でも悩みは尽きませんが、保険診療から自費診療へのシフトはかなり進み、自費診療の比率が9割以上になりました。赤字だった会社も黒字化することができました。

もう一つはマネジメントの問題です。現場の院長から急に3店舗を束ねるマネージャーと経営者になったので、まだ院長を育成した経験がありませんでした。

私は、「こうあるべきだ」という自分の正しさを相手に求めてしまうことが良くありましたから「私は正しい」「あなたは間違っている」という関わりをして、新たに据えた院長が力を発揮できなくなる経験もしました。

かといって皆の意見を聞いているだけだと、やらない理由や言い訳も出てくる。財政面を考えるとつい目標数値だけが一人歩きする。日々葛藤の毎日でした。


どのように課題を乗り越えてこられたのでしょうか?

先輩経営者の皆さんに習って、成功するための原理原則を学ぶ機会を得ました。原理原則とは、目的から日々の行動まで一貫性を持つことでした。

会社が誰のために何のために存在するのか、どんな将来像を描いているのか、理念とビジョンを策定しました。つまり、目的地とそこにどれくらいのスピードで進むのかを明確にすることがファーストステップでした。少なくとも10年先を真剣に考えたのは、経営者になってからが初めてでした。

この目的に沿って、経営者としてどうお金と時間を使っていくのか判断していくことで、一番のロスであった悩むことが少なくなりました。時には判断し難い局面もありますが、その時は決めた判断を正解にするという気持ちで取り組むようにしました。

もちろん、メンバーと理念・ビジョンが共有できるよう、かなりの時間を費やしました。自分の理想的な将来像が、自分の会社で実現できるという確信を持てたスタッフは、すごい力を発揮してくれます。改めて、理念とビジョンを描くことの大切さを感じています。

また、マネジメントにおいても、自分がどうありたいかという目的に立ち返ることで、自分の考えと行動を少しずつ変えていくことが出来るようになりました。

成功経験のないスタッフは、自己概念が出来上がるまで時間がかかりました。そこで、オーナーからしてもらったことも思い出して、今度は自分がメンバーのことを信じて関わるようにしました。

「こうあるべき」だという理想に押しつぶされるのではなく、「こうなりたい」を実現するために会社があるんだと意味付け出来て、自分の行動は少しずつですが、変えることが出来るようになりました。

自分の「こうなりたい」は、この会社に入って良かったと思える仲間が沢山増えること。この会社の成功は、クライアントやメンバーとの関わりを大切にしなければ、あり得ない。そう思って、「人との関わりを大切にする」という基本理念にしました。



今後の展望について教えてください。

当社では、西洋医学と東洋医学の垣根を超えた「統合医療サービス」の実現をビジョンに掲げています。対症療法なら西洋医学、予防なら東洋医学というようにそれぞれ強みがありますから、どちらかが合っていて、どちらかが間違っているというものではありません。

それぞれの良いところをクライアントが安心して享受できるようになるには、ドクターとの連携が必要です。ドクターの中には鍼灸のような代替医療を認めていない人もいます。ですが、そのことで損をするのはクライアントです。

ですから私たちとしては、ドクターに認めてもらえるよう代替医療のレベルを上げるとともに、医療の共通言語に耐えられるだけの専門知識を最低限、身に付けている必要があります。

代替医療分野のミッションとしては、薬への依存を減らし、国民医療費を削減できるようになるよう貢献すること。そのことで本当に必要な人に必要な医療・介護サービスが行き届いて欲しいと考えています。ですから、私たちは保険診療をしっかりと適正に運用して、事前対応や根本改善の自費診療にシフトしようと考えました。

予防・医療・介護がしっかりと相互連携するためには、専門家とマネージャーがお互いの役割を分け、同じ目的のもとに力を合わせていく必要があると考えます。それには理想と現実とすり合わせる「経営」の力は不可欠だと思っています。

自分たちの治療院の質を高めて、より多くの人に貢献できるよう出店していく考えもありますが、将来的にはクリニックや介護分野への進出も視野に入れながら、多くの人を幸せにする「統合医療サービス」を実現していく考えです。





<インタビュー情報>

株式会社アイケー・メディケアワークス
代表取締役  榊 康充
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