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オンリーワンの存在として、岐阜№1の介護事業者へ

社会福祉法人慶睦会
理事長 梶野 友季子



創業からの歴史等を教えてください。

私の祖父が1954年に岐阜市千手堂に「千手堂医院」を開院したのが始まりです。昭和1973年には、県下で初の岐阜心臓血圧センターを設立しました。その後、循環器内科・心臓血管外科を主に、内科、小児科、整形外科、形成外科、麻酔科、リハビリテーション科と医療分野を広げてまいりました。このような分野拡大により、ご利用いただく方へあらゆる対応が可能になりました。

また、2002年に居宅介護支援事業所「千手堂居宅」を開設し、病院内に千手堂デイケアを開設しました。2005年にはデイサービス「このはな」を開設し、同時に居宅介護支援事業所「このはな」を併設しました。2008年以降にはショートステイ「しきしま」、デイサービスセンター「うずら」、ボランティア団体「てとろ」、訪問介護「うずら」を開設しました。その後、2014年に社会福祉法人慶睦会を設立し、私、梶野友季子が2016年に理事長に就任いたしました。医療法人の理事長は兄が務めております。


ずっと、医療に関わってこられた家系なのですか?

祖父は軍医をしていたのですが、家自体は岐阜でうどん屋を経営していました。8人兄弟でしたが、そのうち5人程が医者になっています。そういう意味で、すごく変わっている家だったようです。 祖父は、慶応大学に行っていたので、法人名が慶睦会なんです。祖父の専門は、整形外科でした。股関節脱臼、先天性股関節脱臼を治す名医だったようです。その後、父の代に移りました。と言いましても、うちの病院は母の実家でしたから、父は外の人間ということになります。母は3人姉妹の長女で、父はサザエさん一家で言う、マスオさんですね。父は、横浜の人間で、アメリカで経験を積んだ心臓外科医のエリートでした。東京女子医大で准教授か何かだった時に、母が父を連れてきたんです。岐阜心臓血圧センターを設立するから岐阜に来てくれとの祖父の想いもあったようです。その後、父と母の代に社会福祉法人を設立し、兄が医療法人、私が社会福祉法人を継いでおります。祖父が設立した「医療法人 慶睦会」が少しずつ成長しながら、新しい社会福祉の分野に進出したということです。


(『特別養護老人ホーム・ショートステイほたるの里千手』外観)


ここからは、少し友季子さんのことをお聞きします。幼少期からのことや当時の夢などを教えてください。

岐阜県生まれで、大学で一度大阪に出た以外はずっと岐阜に住んでおります。女の子にしてはヤンチャだったんじゃないんですかね。男の子とザリガニを釣ったりするような子でした。自然と戯れることが好きだったんです。小学校では、特に運動の部に入っていたということはありませんでした。中学校からは通いで名古屋に行きました。中高一貫校でしたが、中学の時には演劇部に入りました。ただ、特に何もやっていなかったんですけどね(笑)。

その後の高校時代では、バトミントン部に入りました。毎日楽しかったです。楽しかった思い出しかないです。箸が転がっても楽しい時期でした。

将来、何になりたいかとということでは、小学校の頃からお料理するのが好きだったので、自然と管理栄養士になりたいと考えるようになっていました。そこで、管理栄養士になるための大学へ進学しました。

小さい大学で、しかも管理栄養学科はすごく狭い世界なので、ずっと同じ子たちといるような感じでした。50人位しかいないような学部なので、全員と関わりを持てて楽しかったですね。卒業してからは夢である管理栄養士になりました。ただ、すぐに就職するわけではなく、半年程イタリアに留学させてもらいました。どうしても料理の勉強を突き詰めたく、ホームステイをしました。イタリアに行って得たことは、「日本って素晴らしい国だな」ということです。日本人の精神の素晴らしさを改めて知ることができました。その後、日本に戻り、管理栄養士として社会に出ることになります。



進路が管理栄養士ですが、お父様は友季子さんに医者になってほしいという想いはお持ちでしたか?

それは、あったと思います。姉と兄がいて、2人とも医者になっていますしね。父は亡くなるまで、私に『医者になってほしい』と言っていました。ただ、私は3人目なので比較的自由度が高かったように思います。両親から『いつでもお医者さんになれるんだよ』と言われ続けていましたが、必ずという程でもありませんでした。そもそも、私は子どもの頃は、病院というものがどんなものかもよく分かっていませんでした。もちろん病院を経営しているとか、病院に行けばすごく患者さんが並んでいたりということは分かってはいるんですけれど、それがどんなことかは子どもでは分からなかったんです。介護の施設を始めて、最初デイサービスで現場に入り、利用される方とお話する時に、初めて「ウチの病院ってそういう病院だったんだ」と教えてもらいました。『あんたのところの病院こんなんなのよ』『先生がこんなすごい人でね…』みたいなことを逆に教えていただいたという感じです。

私は、医者にはならなかったですけど、父から言われて嬉しかったことがあるんです。『医者にならんかったけれど、友季子は1番親孝行だな』ということを言ってくれたんです。嬉しかったですね。自分が間違っていなかったと思える瞬間でもありました。


管理栄養士として、社会人生活をスタートされると思いますが、経歴を教えていただけますか?

イタリアから帰国して考えたことは、実家の病院ではない他の病院で管理栄養士として働こうということです。当時は、自分の家の病院では働きたくないという気持ちが強かったです。娘だから入れてもらったというような目で見られ、自分の実力じゃないと思われるのが嫌だったんですね。帰国してそんなことを考えている時に、父が入院しました。私は父が45歳の時の子供なので、イタリアから帰ってきた時にはそれなりに高齢で大病をしていました。父の看病をすることも多く、病室で父に『どこかに就職しようかな』と言ってみると、『ここがいいんじゃない?』みたいに言ってくれました。そこは結構大きい病院でしたが、『それなら、面接に行ってみよう』ということになりました。管理栄養士として面接を受けて、採用していただきました。その病院での仕事は楽しかったですけれど、院長先生のワンマン経営できつい部分もありました。職員さんの入れ替わりも激しかったですね。院長が厳しくて辞めていくということが多く、私が採用された理由も、前の人が辞めたことが原因でした。管理栄養士は3人程しかいなくて、気がついたら病院の栄養課長になっていました。私は患者さんにお会いして日々の生活を聞いて、『こういうふうに改善していきましょうね』というようなお話をして改善にもっていくような仕事をしていたのですが、それはとても楽しかったですね。患者さんは、お年寄りの方が多かったのですが、そういう人たちと関わるのがもともと好きだったということもあるでしょうね。ただ、とにかく院長先生が怖かったです。怖すぎて、泣いて帰るような日がありました。



その後、「このはな」に入られると思いますが、そのお話をお聞かせいただけますか?

父と母で病院をきりもりしている中で、ある時に、「これからの病院経営ということを考えた時に、介護事業をやらなければ」というようなことを当時関わっていただいていたコンサルタントから言われたんです。それで、2005年に「このはなを立ち上げるからあんた帰っていらっしゃい」と母に言われたんです。それで、そういうことなら帰ろうと決めました。それまでの病院で、お年寄りの方と関わることが私に向いているなというのが分かっていましたので、「このはな」は私に適しているだろうなと思ったのです。よく考えますと、大学生ぐらいの時はずっと接客業ばかりしていたんです。飲食店でお客様とコミュニケーションを取るのがもともとすごく好きだったんです。管理栄養士をやってみて、「意外と接客業なんだな、私やっぱりこういう仕事が向いている」なとも感じていました。とは言え、介護事業の経験もなく、右も左も分からない状態でのスタートでしたので、分からないことだらけです。非常に助かったのは、助言してくれていたコンサルタントの方が見つけてくれた施設長の存在です。介護の仕組みでいうと、管理者と施設長を置かなければなりませんので、私が管理者になって、その方に施設長になってもらいました。ただ、施設長も施設自体の立ち上げをやったことはありませんでした。2人とも何も分からないのにボンッと投げられて、「とりあえず頑張ってやろう」というとことでした。そういう意味では、両親の後を継ぐという感覚よりも、どっちかというと新しいことをやるのに自分のやりたいこととマッチしているからやろうということでしたね。


(『特別養護老人ホーム・ショートステイほたるの里千手』食堂・機能訓練室)


新規事業のような形でのスタートですから、ご苦労も多かったのではないですか?

最初はお金のことも分かりませんでしたし、「決算って何?赤字って?」という感じからのスタートでした。本当に誰も何も教えてくれませんし、でも何かやらなきゃいけないしということで試行錯誤の連続でしたね。ただ、病院からの流れはあったので、利用される方は最初から結構たくさんいました。3年ほどですごく人気のあるデイサービスになったんです。その要因は、施設長のマッサージだったと思います。施設長は、柔道整復師でした。柔道整復師は、デイサービスでは機能訓練ということができるので、加算が取れるんですよ。1人1人丁寧にマッサージをしていました。私も施設長にマッサージを教えていただき、利用される方に施術させていただいていました。続けることで、口コミがいい形で広がっていきました。また、利用される方の多くが、「このはなに行くと楽しい」と言ってくれました。職員さんも「楽しい」を大事にしてくれる方たちが集まってくれていたんです。次第に、「このはなさんは待たないと入れない」ということになりました。ですから、そこからは必然的に拡大の方向に進みました。

利用される方の目線からすると、ショートステイも必要だろうということになり、始めました。ただ、我々の知識や経験が追い付かない程のスピードでしたので、問題も多くありましたね。結果として、このいい流れを作ってくれた施設長が辞めるということにもなってしまいました。今でも、その方とは良好な関係ですけど、独立されたんです。私の出産も重なり、この時が一番大変でしたね。組織規模も大きくなり、中がぐちゃぐちゃになってしまいました。よく考えると、組織の作り方を学んでないですし、自分なりのかたちでしかなかったんですよね。「このはな」だけの時は、本当にお友達みたいな感じだったんです。人の選び方、人の採用の仕方、育て方というのは、ごちゃごちゃしながら学んでいきましたね。

そのような中で、野田夫妻が入ってくれたのが大きかったです。2人が様々な面で引っ張っていってくれて課題を解決していくことができました。「本当にこれでいいのか、どんなことがしたいのか、どんな介護がしたいのか」ということを度々投げかけてくれたので、意思決定がしやすくなりました。それと、それまでも、もちろん社員さんのことは好きだったんですけれど、社員さんたちがすごい大事だなということをより気付かせてくれました。

いつもいつも「信念とか理念とかって何なの?」をずっと問われていました。最初は、嫌でしたけど(笑)。でも、嫌だったということは確固たるものを自分で発掘できていなかったんですよね。問われる中で、自分で答えを決めるということができるようになりました。そういう意味で、2人と社員や関わってくれている多くの方への感謝の気持ちが非常に強いです。


今後の目標や展望をお聞かせください。

最近考えているのは、ナンバーワンではなくオンリーワンを目指そうということです。ですから、今後は施設数を考え無しに増やすつもりはありません。オンリーワンになるために私たちの力量でしっかりと対応できるような、例えば1・2年に1施設ずつぐらいを増やしていくイメージですね。基本的には、私の目の届くところで展開していくということです。

実際に、オンリーワンをどのように形にするか、根拠づけみたいなものができあがってくるといいんですが、まだそこまでは作り上げられていません。とにかく、岐阜で1番いい介護を提供する施設にはしていきたいです。そこは、普遍的な理念としている「愛し愛される介護」に繋がるので、究極、ここを追及するしかないじゃないかとも思っています。

オンリーワンへ向かっていくために確実に必要なことは、やはりどこでも言われる「人の採用と育成」ですね。結局、働きやすい場じゃないと人は集まりません。では、「働きやすい会社ってなんなの?」ということになりますよね。自分自身、ママさんで働き続けてきましたから、ウチではママさんにシフトしてきました。「女性、ママさんが働けない社会ってどうなの?」ということから、そのようにしてきした。本当にたまたま、今この時代にそういうふうに思うんでしょうけれど、私たちの仕事って特に女性が活躍できる仕事なんです。むしろ、女性が輝かないといけない仕事だと思っているんです。ですから、女性がいかに働きやすいかということは徹底的に追及していきたいです。そして、その中での一つの決め事として、派遣社員等を取ることなく、「ウチは正社員しかいません」ということには拘っていきたいです。そういう意味で、この5・6年でウチの方針が明確になってきましたので、ありがたいことに、現在ではウチは介護の業界でいえば人が集まっている方なんじゃないかと言われています。今後は、働きやすさにプラスして生産性という点も追及していきたいです。




<インタビュー情報>
社会福祉法人慶睦会
理事長 梶野 友季子
特別養護老人ホーム・ショートステイほたるの里千手 http://i-1010.com/index.html

<関連施設>
医療法人慶睦会 千手堂病院 http://www.senjyudo.com/
千手堂病院デイケアセンター http://www.senjyudo.com/daycare/daycare.html
千手堂病院ショートステイしきしま http://senjyudo-shikishima.com/
千手堂病院デイサービスセンターこのはな http://senjyudo-konohana.com/
千手堂病院デイサービスセンターうずら http://www.senjyudo-uzura.com/
千手堂病院居宅介護支援事業所 http://www.senjyudo.com/care/care.html

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