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旅客輸送業からサービス業としての移動インテグレーティング カンパニーへ

株式会社日の丸リムジン
代表取締役社長 富田 和宏


創業から現在に至るまでの変遷について教えてください。

私の祖父が戦前に安全自動車という会社を設立し、タクシー事業を開業したのが当社のルーツです。
ただ、太平洋戦争が勃発したことで、燃料資源を使い輸送力のある車両を管理しやすいようにするという軍の方針により、当時東京にあった200社以上のタクシー会社約200社を日本交通、国際自動車、大和自動車交通、帝都自動車交通の4社に統合することになったことで、祖父の会社も吸収合併され事業としては一旦ストップしています。
まだ若かった祖父は戦争に参加することとなったものの、幸いにして命を落とすことがなかったため、戦後の昭和25年(1950年)にもう一度事業を開始しようと立ち上げたのが日の丸自動車グループのベースとなる日の丸タクシーという会社です。ちょうど第二世代のタクシー事業として始まり、いくつもの会社を吸収合併しながら50年程かけて約1000台の車両を保有する体制を整えました。

また、昭和28年(1953年)にハイヤー部門ができ、昭和38年(1963年)には東京オリンピックによる需要増が見込まれることからバス部門を立ち上げ、現時点でもグループの中核を成すタクシー・ハイヤー・バスの三事業の基盤が出来上がりました。
祖父には私の父も含め三人の息子がおり、それぞれアメリカに留学してビジネススクールに通いながらアメリカにおけるビジネスを勉強して、単なる旅客運送業としてだけではない視野の広いビジネス展開を志向するようになっていきます。
日本で高速道路網が整備されていく中で、ハイウェイ網が完成されていたアメリカにおけるロードサイドのレストランサービスを参考に、1960年代後半には東名高速道路沿いのサービスエリア(富士川SA)を運営する日の丸サンズという会社を立ち上げました。
タクシーなど車による人の輸送事業を中心に、道路脇の飲食店や車のリーシング・修理、乗務員の派遣、自動車教習所など車に関係する事業を多角的に展開することで日の丸自動車グループは発展してきたのです。

創業者である祖父が80歳を迎え事業を三人の息子に譲り渡す際に、分社化して三人それぞれに一国一城の主として継承させる方針を採っています。そのため、長男、次男、三男がそれぞれ継承した会社は、基本的には同じロゴや歴史を共有しながら資本関係はありません。
長男はタクシー事業の7割と飲食に関する事業を、次男はタクシー事業の1割とハイヤー、バス、
サービスエリア、乗務員の派遣、車のリーシング事業を、三男がタクシ
ー事業の2割と自動車学校の事業をそれぞれ継承しています。


日の丸リムジンの事業について教えてください。

私が今、三代目を務めている次男家の日の丸リムジングループは、長男家・三男家が継承したタクシーや教習所といった需要の安定した事業ではなく、ハイヤーやバスといった需要を創造しなければならない事業を主に継承した点が面白いところだと思っています。
現在も日の丸リムジンはハイヤーとバスを中心とした旅客輸送事業を主力としていますが、単に人を輸送するだけでなくサービス業として展開していくことを目指しています。お客様をある地点から別の地点へ輸送し、移動の距離と時間によってお金を支払っていただく旅客輸送業を根っこに持ちながら、お客様に喜んでいただけるようサービス面での創意工夫を凝らし、お客様から選んでいただけるサービス業に切り替わっていくことが大きなテーマです。

日の丸リムジンでは、二代目である私の父が35年程前に定めた「腕よりも心で運転」という社訓を今も大切にしています。バブル崩壊前の頃は、多くのタクシー会社、ハイヤー会社が「稼げる」ことを全面的に押し出して運転手を募集しているケースが多く見られました。当時、運転手という仕事は普通のサラリーマンよりも稼げるような時代でしたから、それが当然だろうと思う部分もあります。
ただ、稼げるからという理由で集まった人の集団は、稼ぐことが一番の目的になってしまい、社会やお客様に貢献することを目的とした会社からは離れていってしまいます。私の父は、稼ぐことは二の次で、お客様に対して心を砕いたおもてなしを提供し、お客様のことを考えて次の一手を打てる会社にしたいという想いを込めて、「腕よりも心で運転」という言葉を作ったのだと思います。


御社の強みはどこにあると思いますか?

ハイヤーの運転手を採用する際には、日の丸リムジンの理念に共感してくれる人材を採用することを第一に考えています。免許を取得させたり育成するのに費用がかかるため、他の会社では経験者を積極的に採用しているところも少なくありませんが、当社のハイヤー部門では、前職でハイヤーやタクシーの運転手をしていた人は採用しないことを宣言しています。目先の利益ではなく理念や考え方に共感してくれた人材が集まった集団であることが日の丸リムジンの最大の強みだと思っています。
ハイヤー業界は一流企業の役員などVIP層に支えられている業界です。送迎するお客様は、それなりの立場にいらっしゃる方々であるため、しっかりとお仕えをしてお客様に尽くしていく高いホスピタリティが求められます。日の丸リムジンでは、入り口の段階からお客様のことを第一義に考えられる人材の採用を意識していることで、サービス面で高い評価をいただけていると思います。
日本のVIPを送迎するハイヤー事業は、戦争末期に集約された大手4社がほとんどのシェアを占めていました。昭和28年にハイヤー部門を立ち上げた日の丸は、後発の会社として大手4社を追いかける形でやってきていています。そのため、立ち上げてから暫くの間は大手4社の後塵を拝し、良い立場のお客様にはなかなか利用していただきにくいといった状況も経験してきおります。

立ち上げた当初は、価格を下げて何とか使ってもらえるようにという戦略を採っていたこともあったのですが、薄利多売のビジネスでは結果的に意味がないことに早い段階で気がつき、80年代後半から90年代にかけて日の丸リムジンとしてVIP送迎のマーケットを創造していけるように方向転換をしていきます。
その一例として、英語を話すことができる乗務員の育成に業界の中では比較的早くから取り組んできていることが挙げられます。タイミングとしては、森ビルが日本の国際化を推進するため六本木にアークヒルズを建設された頃から取り組みを始めました。日の丸リムジンは森ビルの構想に共感し、アークヒルズを拠点にして働かれる国際的なビジネスマンを送迎する体制をつくるお手伝いをさせていただいたのです。
早期から国際化に対応した人材育成に力を入れてきたことで、現在では国賓・公賓を含めたインバウンドのVIP送迎に関しては、おそらく他社が追従できないほど大きなシェアを持っていると自負しています。最近ではアメリカのトランプ大統領やサウジアラビアのサルマン国王が訪日された際、お付きの方々の送迎は日の丸リムジンがほとんど担当させていただきました。
業界の中でナンバーワンの規模になることを目指すよりも、オンリーワンの部分をいかに育てていけるかを考え、専門的な分野に特化していく意識を持っていることが日の丸リムジンの特徴です。


富田社長はどのような幼少期を過ごされていましたか?

父は真面目な性格の人だったので、私が子どもの頃から会社の事業活動によく連れていってくれました。特に私が生まれた頃に立ち上げた事業であるサービスエリアには、夏になると必ず連れて行かれていましたね。そこで寄宿舎に泊まり込んで兄弟や従兄弟と一緒に売店の売り子をさせられたりしていました。
父はその時に「経営に関われば関わるほど数字によって物事が管理されるようになるが、実際のサービスというのはそういうものではなく、お客様に商品をお渡ししてその対価を頂き、ありがとうございましたと言うのが商売の基本だ。」とよく言っていました。
また、大入袋が配られたような時は、「今日はお客様が沢山来てくれて業績が良かったから社員さんに大入袋を配ることができるんだ」ということも現場で教えてもらったことも覚えています。
裸一貫で創業した祖父の時代とは異なり、父が二代目に就任した頃はある程度は事業も拡大し安定してはいたのですが、現場で汗を流して働いてくれている社員の方々のおかげで現在の日の丸リムジンという会社があるということを強く意識していたんだと思います。


富田社長が日の丸リムジンに入社されるまでの経緯を教えてください。

行く行くは日の丸リムジンで働くつもりではあったのですが、大学を卒業してからまず初めに日本IBMに就職しました。将来的に全ての物事がIT化していく中で、コンピューターが自分たちの生活や会社の事業にどのように関わっていくのかを考えていく必要があると思ったためIBMで働くことを選んだんです。
IBMから外資系企業の労務的な仕組みを勉強したいという思いもあり、最初は人事・総務の部門を希望していたのですが、営業かSEしか募集していなかったため営業職として就職して3年弱ほど勤めさせていただきました。ちょうど2000年問題(コンピューターの時間が正しく1999年から2000年に変わるかという問題)が社会的な課題となっていた時期だったので、様々な経験をさせてもらいましたね。
2000年問題への対応が終わったタイミングで大きな組織変更をすることとなり、5年間は次の事業で頑張ってほしいと言われたのですが、次のポジションに進むと途中で抜けるのは難しいなという感覚があったため、そのタイミングで退職することとなりました。

そこで日の丸リムジンに入社する選択肢もあったのですが、タイミングよく私が所属していた組織の一番上だった副社長から、別の会社に転職をするから一緒に行かないかと声をかけていただいたんです。ソフトバンクの孫正義社長がアメリカのナスダックマーケットを日本に持ち込んだナスダック・ジャパンという会社でした。
転職した頃はまだ準備会社でしたが、ナスダック・ジャパンの立ち上げに関わらせていただき、間接金融が主流だった日本の企業経営にIR活動をしっかりとやって資本を集め事業拡大していく欧米的な直接金融の仕組みを根付かせていく仕事を2年間ほど担当させていただきました。

IBMという会社は、よく教育の会社だと言われるくらい企業文化がしっかりしていて、全てにIBM流のやり方が決まっているんです。入社後半年間の研修期間の中で基礎を徹底的に叩き込まれ、ロジカルに統率された組織の在り方を勉強させていただきました。
一方、ナスダックでは、金融業界やIT業界などバックボーンが異なる人材を集めた組織だったため、文化的な共通認識が乏しくコミュニケーションの面で非常に苦労しましたが、その部分をクリアすることができれば非常に高いパフォーマンスを発揮できることを実感しましたね。


日の丸リムジンに入社されてから、どのような仕事に取り組まれましたか?

IBMとナスダックという二社で経験を積んだ後、2003年に日の丸リムジンに入社しました。現場経験をせずに常務取締役という肩書で入社し、営業部門の統轄的な立場として最初はハイヤー事業に関わることとなりました。2会社の経験積んでいましたが、ウチの営業会議に参加した時は、会議のやり方が独創的なことに愕然としました。そういった状況に危機感を持ち、情報を収集し改善提案したりしたのですが、なかなか状況を変えることはできず非常にもどかしい思いをしましたね。
ハイヤー事業のうち企業役員の送迎が売上げの7割くらいを占めていたのですが、お客様である役員の方々と太いパイプを持っている現場の力が非常に強かったんです。様々な改善提案をしても、そんなことできるわけないじゃないかと却下されることも少なくありませんでした。

例えば、事故撲滅のための取り組みに関する報告会をしていても、対前年で事故が5%減っただけで皆がニコニコしているような状況でした。これだけ多くの車両を運用しているんだから事故を起こさないわけがない、これだけで収まって良かったという考え方だったんです。端から事故撲滅などできるわけがないと思っていて取り組み自体が形骸化してしまっていました。
我々が提供している送迎というサービスは安全性の追求なくしてあり得ない、だからもっと改善していかなければならないということを言い続けていましたが、私自身に日の丸リムジンで何の実績もなかったため現場を動かすのは容易ではありませんでした。このままでは変えることは難しいと判断し、一時期、日の丸リムジンの業務からフェードアウトして、グループ会社であるシティアンドパークサービスという車両管理請負事業を行なっている会社の事業に集中して取り組むようになりました。


シティパークアンドサービスでの取り組みについて教えてください。

シティパークアンドサービスは日の丸の中でも比較的新しくできた組織で、古い慣習に縛られないで動けるため新しいことに挑戦しやすい環境だったんです。
当時、外資系ラグジュアリーホテルが2007年までにどんどん日本に進出してくると言われていたタイミングだったので、外資系ホテルと提携した新しいビジネススキームの構築に取り組みました。
まず、グランドハイアット東京に「ホテルに車でお越しになるお客様全てにバレットパーキングのサービスを提供できる日本で初めてのホテルになりませんか」と提案させていただきました。ホテルはサービス業としては良い人材を揃えていても、車の誘導や安全確保などに関してはプロフェッショナルではありません。プロフェッショナルである我々と提携して、ラグジュアリーホテルにはお客様は車を駐車する煩わしさがなく、
また車寄せが安全・効率的に運用できる体制を作るべきである方がいいのではと提案させていただいたのです。

この提案に合意していただくことができ、ホテルに日の丸グループのスタッフを派遣し、一体となってバレットパーキングのサービスを提供するという新しいビジネススキームを作り上げることができました。それまでは仕事を頂く上下の関係だったのが運命共同体のようなポジションに切り替えることができたんです。グランドハイアット東京を皮切りにリッツカールトン、ペニンシュラなど多くの外資系ホテルとの提携を進めていきました。
また、バレットパーキングに付帯して日の丸リムジンのハイヤー事業を売り込んでいくことで、それまで入札によって案件ごとに取れるか取れないかといった状況だったハイヤーの仕事を専属的に依頼してもらえるような仕組みを作り出すことができました。シティアンドパークサービスでの新しいビジネスを一つ成功させただけでなく、日の丸グループ全体にとって非常に良い取り組みとなりました。その実績を手土産に本業である日の丸リムジンの仕事に戻りました。


社長に就任されてから変わったことはありますか?

2015年に父から引き継いで三代目として社長に就任しましたが、父が社長だった時から比較的判断は任せてもらえていたので、実務的な面ではそこまで変化はありませんでしたね。
ただ、ナンバー2としてやっていた頃は、上に社長がいることで何となく甘えられる部分があったのが、最終判断をする意思決定者になったことで、そういった甘えは一切許されないという覚悟は芽生えました。
私は入社した直後から会社の代表印や実印、銀行印などの管理を任せられていて、印を押す仕事をしてきました。時間もかかるし集中力も使う作業なので何かと面倒だったのですが、今思えば社長になる以前からお金の側面から会社の流れを掴んでおくことができたのは非常に良かったと思っています。
個人的に変わったことと言えば、社長になってから適正診断・性格診断のテストを受けてみたところ、以前と真逆の結果が出たことには驚きました(笑)。以前は積極的で強引にでも自分で物事を進めていくタイプだったのですが、社長になってから受けた診断結果では、比較的慎重になっていて誰かに物事をやらせるタイプに切り替わっていたんです。最終意思決定者になったことで、自分が何でもやろうとするのではなく、ある程度誰かに任せていかなければならないと無意識に考えていたのかもしれません。


三代目として会社組織で変えられた部分はありますか?

象徴的なこととして、これまで運転の専門職だった乗務員をサービスマンとして総合職化していく取り組みを昨年から始めています。営業マンが仕事を取ってきてコールセンターに予約が入り、運行管理者が配車して乗務員が運行するという従来の仕組みでは、当社の多くを占める乗務員はただ指示を受けて運転するだけの受け身の働き方になってしまい、せっかくの人材がもったいないと考えたからです。
営業職を集めた営業部があるのと同じように乗務員職を集めたスマートアテンダント部を作り、自分たちで目標を設定し考えて行動できる体制を作り上げているところです。今後の在り方として、乗務員がお客様に接する営業マンや、サービス改善のための企画部隊、安全を高めるためのバックヤード的な役割などを総合的に果たせるようになっていってほしいと思っています。
個々の人間力を強化していかなければ、これからの社会の中で必要とされる企業力を発揮することはできません。一人ひとりが能動的に考えて働く集団になるために、人材の教育に関しては今まで以上に時間とお金は使うようになってきていますね。


課題として感じられていること、またそれに対する取り組みを教えてください。

ハイヤー事業やサービスエリア事業は、日々のキャッシュフローに関しては非常に強い力を持っているのですが、どうしても景気変動の影響を受けやすく、また労務的な問題もあるため安定感が出にくいという側面があります。
そのため、そういった事業で蓄積した資産を有効活用して企業としての基盤づくりはしていきたいと考えています。たとえば、元々営業所だった土地を別の形で有効活用することなどを検討しています。
車はどこに持っていっても旅客運送はできますから、資産としての有効活用と事業体としての効率のバランスをとって安定的な経営に向けて取り組みはじめているところです。
また、東日本大震災をきっかけに地域リスクについてはどうしても敏感になっている部分があり、タクシー、ハイヤー、バスの事業を東京に一極集中してやっていくことには大きなリスクがあると感じています。
リスクマネジメントの観点から、関西圏のバス事業を2つほど買わせていただいて関西での事業展開も始めており、今後も事業エリアは広げていきたいと思っています。


今後の展望について教えてください。

昨年、ビジョン2025という8カ年計画とミッション2017という単年度計画を策定し全社に発表しました。人口減少、AIの進化などの影響により時代の大きな変革期であるため、今の旅客輸送を中心とした事業体を、よりサービスを中心とした事業体に変化させていかなければなりません。そのために、2025年に向けてどのように進んでいくかをビジョンとミッションという形で示したんです。

基本的な方針としては、「移動インテグレーティングカンパニーになろう」という造語で表現しています。人の移動に関わるサービスを提供することによって、人や社会の豊かさに貢献できる移動のコーディネーター的な会社になっていこうという意味を込めています。
カーシェアリングや自動運転など、移動手段自体がこれからの時代の中で大きく変化していく可能性があります。そうなった時にタクシーやハイヤー、バスなどの現在主力事業としている移動手段がなくなったとしても、お客様の移動ニーズに対してコーディネートすることができる組織になっていきたいですね。
そういった方向性で会社を変化させていくために、同じことを継続するだけでは会社の未来はないという認識は共有していきたいと考えています。日の丸グループの70年近い歴史の中で過去の成功体験に縛られている部分が多々あるため意識統一は簡単なことではありませんが、約600人の社員一人ひとりがそれぞれの目的意識を持ちながら切磋琢磨し、お客様や社会に対し、貢献し続ける組織を作っていきたいと思っています。



 

<インタビュー情報>
株式会社日の丸リムジン
代表取締役社長 富田 和宏
会社ホームページ http://www.hinomaru.co.jp/company1.html

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