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スタッフが楽しく働き続けられる会社でありながら、お客様からも信頼され続ける会社でありたい

株式会社 藤ダイレクト
代表取締役 加藤 和久



創業から現在に至るまでの変遷について教えてください。

藤ダイレクトは大手のビジネスフォームの会社に勤めていた父が平成5年(1993年)に独立して立ち上げた会社です。創業初期の頃は、主に大手企業のダイレクトメールを中心とした印刷物の作成や発送業務のアウトソーシングを受託していました。父は勤めていた会社でビジネスフォームと呼ばれる帳票類の営業だったことから、これからの時代はダイレクトメールなどによる通信販売など「ダイレクトマーケティング」が盛んになると考え、印刷やデータプリントのノウハウを活かして、顧客データの管理から印刷物の作成、発送までをワンストップで行うことを主力事業としていたんです。

クライアントの顧客データのメンテナンスからデータの抽出、宛名ラベルの出力から、関係企業と調整までトータルでサポートし、ダイレクトメールを作成して発送するという、今で言う「データベースマーケティング」的な仕事です。他の発送代行業者と異なるのは、ただ印刷物作る、送るだけでなく、販売促進などの企画段階からワークフローやスケジュールの策定など業務全般に関わり総合的にサポートさせていただける点です。

2009年から2015年頃にかけて大口の取引先の経営統合やリーマンショックによる景気後退などの影響により仕事が立て続けになくなってしまったため、会社を縮小化し一時期は正社員をゼロにして家族だけで運営していた時もありました。

2013年に私が二代目として就任した頃は、経営面でも正に下り坂の真っ只中で非常に苦しい思いをしていた時期もありましたが、大手コンビニの店頭で掲示する販促印刷物の作成から展開エリア別の投入まで対応する新規の仕事を受注し、新たに採用したパートスタッフと共にチームワークで取り組む体制を構築したことがリスタートの弾みとなりました。

藤ダイレクトの強みは、主に印刷物を活用した販売促進や印刷物等の発送業務に関する企画提案やトラブル対応などお客様の困り事にスピーディーかつトータルで対応できるところにあります。「わからないことがあれば藤ダイレクトに聞けば大丈夫」と言っていただける信頼力が会社のベースになっていると思っています。



加藤社長が藤ダイレクトに入社された経緯を教えてください。

私が藤ダイレクトに入社したのは1998年頃なのですが、それ以前はレンタリース会社や旅行会社で働いていました。高校生の時から旅行業界に行きたいと思っていたこともあり、当時は大学で旅行業について実践的に学べるところがまだなかったため専門学校に進学しました。

専門学校を卒業してまず初めに就職したのは大手自動車メーカー系のレンタリースの会社でした。本当はその会社の旅行事業部への配属を希望していたのですが、学生時代に別のレンタカー会社でアルバイトをしていた経験を買われて、即戦力としてレンタカー部門の仕事、それも社でトップの売上を出す店舗に就くことになってしまったんです。せっかく専門学校に通って資格を取ったのに…という思いがあり、研修が終わって事業所に配属されてから数ヶ月後に辞表を出しましたね。今思えば若気の至りだったと思います(笑)。

その後、求人誌などを頼りに希望していた旅行業界の会社に就職したのですが、経営に関して非常にルーズな会社で、企業として疑問を感じる点も多く、挙げ句、社内抗争に巻き込まれそうになったため、その会社も約1年で退職することとなりました。

次の転職先も旅行業界を考えていたのですが、ちょうど父が知人から紹介された方を招き入れてアパレル関係の新規事業部を立ち上げるタイミングだったこともあり、次の就職先が決まるまでそのアパレル事業部を手伝うことになり、藤ダイレクトに入社しました。

入社当初はアパレルの仕事を担当されたのですね。

入社した頃は、藤ダイレクトの本業とは全く異なるアパレルの仕事しかしていませんでしたね。そのため、印刷・発送の業務には興味がありませんでしたし、将来的に会社を継ぐといったことも全く考えていませんでした。

その当時、旅行業界の景気がどんどん悪くなっていて業界全体が縮小傾向だったため、旅行業界は諦めて藤ダイレクトでアパレルの仕事に集中して取り組むようになりました。ただ、当時の上司だった事業部長が積極的に仕事を教えてくれるタイプではなかったので、日々の仕事の中で取引先から仕事を教わるような環境でしたね。

最初に受け持ったお店の担当者の方は、初対面の時は無愛想な方だったのですが、何度も通っていくうちに売り場での商品の陳列の仕方など基礎から教えていただけるようになったんです。人間関係ができてからはすごく気が合って、アパレル業界のことを何も知らない私に本当によくしてくださりました。そういった取引先や同業者の方々との関係があったため、アパレルの仕事が段々好きになっていったんです。

2001年に上司の事業部長が独立することになり、私がアパレル事業部の責任者を務めることになったのですが、通常規格ではないイレギュラーサイズと言われるSサイズ専門に切り替えたことがヒットして業績を大きく伸ばすことができました。自分で企画した商品を海外で生産し、首都圏だけでなく地方の百貨店で販売していただく流れができてきて、特に九州地方の百貨店では非常に好評をいただけていましたね。


(左:加藤社長が採用した正社員 第1号の永島様)

仕事の中で苦労された点はありますか?

しばらくの間アパレル事業は好調だったんですが、2006年頃に百貨店が大不況の時代に突入してしまったことで事業環境が悪化してしまいました。しかも、商品を生産した代金や販売経費などを先に支払わなければならないため、在庫は抱えるしキャッシュフローが悪いビジネスだったんです。

当時は本業の業績が良かったので、本業からの資金供給でやりくりできていたのですが、本業の稼ぎを圧迫していくことになりアパレル事業部を続けていても採算性を確保することが困難な状況になってしまいました。

私はずっとアパレルの仕事を続けていくつもりだったため独立して別の会社としてやっていくことも考えたのですが、業界の先行きも決して明るいものでもなく、家族のことを考えると現実的でないことから本業の仕事を一緒にやることにしました。正直、本業には何の思い入れもなかったので、最初は完全に受け身の姿勢だったと思います。

仕事への考え方が変わる転機となったのが、出身校である専門学校にアパレルからダイレクトメールなどの発送関係の仕事に変わったことを報告に伺ったときに、ちょうど広報部で困り事があり、それをきっかけに大きな仕事を頂けたことです。出身校なのでもちろん愛着がありますし、一緒に考えながら企画を進めていけることや反響を直接知ることができたりするのが嬉しくて、そこで仕事に楽しみを感じ始めました。この数年間の経験がとても大きな財産になりました。



事業承継をされる前後のタイミングで、大口の取引先からの仕事がなくなるなど大きな困難も乗り越えてこられていますね。

私が二代目として代表に就任した2013年~2015年前後は、大口の取引先からの仕事が相次いでなくなり、経営面では本当に大変な時期でした。本来であれば事業承継に向けて予め準備を進めていくものだと思うのですが、売上げがドンドン落ちていく中で父から急に私を社長にすると切り出され、2013年に急遽代表を交代することになったんです。

売上げが落ち込んできたことで会社の縮小化を進めており、正社員がいなくなっていたため、いわゆる古株の社員との軋轢などとは全く無縁でしたが、正直どうやって受注を取って売上げを伸ばせばいいのか日々悩んでいるような状態でした。

何かやらなければならないという危機意識はあっても、知名度がないため簡単に新規の取引先を開拓して受注を得るなんてできるわけがありません。これまで評判や紹介だけで仕事を受注してきていたので、状況を打開するためには社長である自分が積極的に外に出ていかなければダメだと思うようになりました。

そう思って、東京商工会議所が主催する異業種交流会に参加したことが一つの転機になりましたね。交流会で知り合った方から仕事を頂けるようになったんです。また、交流会で非常に波長が合う方と知り合うこともでき、会社や仕事のことをお話しさせていただくうちに、仕事に繋がる人脈も更に広げていくことができました。この方とは今でも私の兄のような存在で、公私ともに親しくさせていただいています。MAPさんを紹介してくれたのもこの方でした。

自分から外に出て動いていくことで厳しい状況を打開することができたのは私の中で大きな転換期だったと思っています。




経営者としての覚悟が固まった出来事はありますか?

社長に就任してからしばらくは、売上げと利益を伸ばしていくことだけを考えていたので、経営者としての自覚が明確になってきたのは、正直な所ここ2~3年なんです。

3年くらい前から少しずつパートスタッフを増員してきたのですが、スタッフたちがチームワークで本当に一生懸命働いてくれている姿を見てきたことで少しずつ意識が変わってきました。

ある時、私の判断ミスで納期に間に合わないようなスケジュールの仕事を組んでしまったことがあったのですが、主婦のパートスタッフがほぼ全員徹夜してくれたんです。みなさん、家庭の事情もある中、誰一人文句を言わずに仕事をしてくれました。

パートで働いてくれている主婦の方たちが責任感を持って仕事に取り組んでくれている姿を見て、ウチの会社はパートさんたちのおかげで成り立っていると改めて感じました。それに一生懸命取り組んでいることで仕事の受注量がどんどん増えてくるんです。やはり藤ダイレクトに任せると正確で確実にやってくれるという信頼感があるからです。信頼感を生み出してくれているスタッフには感謝の気持ちしかありません。

何より嬉しいのは、パートさんたちが何気ない雑談の中で、ウチで仕事をしていることが楽しいとか、ここに来ると癒やされると言っていただけていることです。仕事だけでなく、仲間と働くことが楽しいと思ってくださる。ウチを支えてくれているパートさんたちが楽しく生き生きと働き続けられる場を提供し続けなければならないと強く思うようになりました。

やはり会社はただ儲けるためだけでなく、何らかの形で社会に貢献していかなければならないと思うんです。フルタイムで働くのは難しいけど仕事はしたいという主婦の方々をパートスタッフとして積極的に採用して、楽しく生き生きと働き続けていただけていることは立派な地域貢献・社会貢献だと今では自信を持って言うことができます。

パートスタッフの採用を始めて7年になりますが、ご主人の転勤などやむを得ない理由以外で離職する方が一人もいないのは有り難いことですね。




今後の展望について教えてください。

全従業員が物心両面で幸福を追求することができる組織であり、社会に必要される会社にしていきたいと思っています。パートさんも含め働いてくれているスタッフ全員が、楽しく生き生きと働き続けられる場を提供していきたいんです。給与などの待遇面でもそうですが、ウチで働くことが楽しいと思っていただけるような心の面も充実した会社にしていくことが私のミッションだと思っています。

先代の時代から引き継いでいる会社の信用や信頼は、これからも失うことがないよう取り組んでいかなければなりません。ただ、これまでは父がほぼ一人でやってきているため、今後はチーム作りが課題になってくると思います。いわゆる「仕事の属人化」から「チームで働く体制」を作りつつ、今自分がやっている現場業務を如何に人に振っていくかを考えていかなければならないと思います。

また、今後はこれまで以上に独自性と対応力を磨いていかなければ生き残っていくことはできないと思っています。「ダイレクトメール」や「印刷物の発送代行」という括りでみれば同業社はたくさんいますから、知識はもちろんのこと独自性のあるサービスや付加価値というものを生み出していきたいですね。

藤ダイレクトならではの独自性と、お客さのニーズや社会の変化に対する対応力を武器に、今後もお客様や社会から信頼していただける会社であり続けたいと考えています。




 

<インタビュー情報>
株式会社 藤ダイレクト
代表取締役  加藤 和久
会社ホームページ http://fujidirect.co.jp/

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