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葬儀を通して幸せを提供できる唯一無二の会社として継続していく

株式会社 永田屋
代表取締役 田中 大輔



創業から現在に至るまでの変遷について教えてください。

永田屋は私の曽祖父である田中永太郎が大正2年に創業した105年の歴史を持つ葬儀社です。現在では葬儀に関わる事業全般を多岐にわたって展開をしていますが、元々は大工を生業にしていました。大工仕事の一つとして埋葬する際の座棺をつくって欲しいと言われたのが葬儀業へ関わりを持ったきっかけです。

昔、葬儀は寺院と地域の人たちが主となって故人を送り出す村の仕事として位置づけられており、座棺など埋葬具の貸出・販売が葬儀屋さんの主たる仕事でした。ただ、月に1~2件ある葬儀だけでは業として成り立たないため、当時は八百屋や乾物屋、雑貨屋など多角的に事業を営んでいたと記録に残っています。

二代目を継いだ私の祖父は非常に商才に長けており、人との繋がりを活かすのが上手だったため市議会議員も務めたことがある方でした。祖父の人脈で地域のお客様との繋がりを深め、現在まで続く地域密着型のビジネススタイルを構築してきました。

祖父が急逝したことにより私の父が三代目に就任し、昭和30年に法人化してから徐々に拠点数を増やしていき、現在では相模原を中心に5拠点11式場を構えています。父も病気で亡くなったのですが、4年前に父が亡くなる前、創業100周年の時に私が四代目を継がせていただきました。

永田屋が創業から100年以上継続してこられたのは、ご愛顧いただいている地域のお客様とご支援いただいている方々のおかげだと感謝しております。



永田屋に入社された経緯を教えてください。

26歳で永田屋に入社するまでは司法試験の勉強をしていました。行く行くは永田屋を継ぐつもりではあったのですが、弁護士になるのが中学生の頃からの夢で、自分のキャリアとして司法試験に合格したいという思いがあったんです。

司法試験をやめて永田屋に入社するきっかけは父からの言葉でした。「一緒にやってくれ」と言われた時、強くて厳格だった父が、その時だけは弱々しく見えたんです。おそらく永田屋の将来を誰に託していくのか不安な気持ちがあったのでしょう。父からの言葉を受けて自分がやらなければならないと思い入社することを決めました。

そう思えたのは、実家と家業の職場が一体となっている環境で育ったので、誰に言われたわけでもないのですが、サブリミナル効果のような刷り込みで自然と自分が継がなければならないという意識を持っていたからだと思います。今となると、生活と仕事が同居している環境で子どもの頃から育てられてきたことが、そのまま後継者教育になっていたようにも思います。


先代のお父様はどのような方でしたか?

父は職人気質な性格で人と話すことは得意ではありませんでしたが、地域の役職など人のためになることを率先的にやるような人でした。自分の身を削って人の役に立ち、喜んでもらうのが本当に好きだったんだと思います。そのため、人望が厚く、周りの人たちからの評判はすごく良かったですね。悪い評判は聞いたことがありません。

父の葬儀の際には、父に世話になったと言ってくださる人が1500人ほど来てくださりました。交友のあった方々から父の話を聞かされたことで、社会の中で本当に大切なものは何なのかを教えてもらったような気がします。

自分の親という近しい存在だったため反発心もあり、なかなか素直に言うことを聞けない時期もありましたが、周りの方からの評価を聞くにつれて父の凄さを実感するようになりました。

私が入社した直接的なきっかけは父からの言葉でしたが、周囲から父や会社に対する評価を聞かされていたことが家業を継ぐことを決意できた一番の要因だったと思います。人が一番困っているときの支えになり、これだけ感謝していただける仕事って素晴らしいなと思えたのです。



四代目として継承するにあたり、どのような点で苦労されましたか?

組織づくり、特に人材の面では本当に苦労しました。私の中では、経営を引き継ぐ以前から、葬儀業は職人的な意識を変えて、おもてなし業・サービス業にシフトしていかなければならないという思いが相当強くありました。

その職人からサービス業に変わるというのが一番難しいところで、一気に価値観を変えていかなければならないという思いが強すぎて、人間関係が上手くいかないことが多々あったんです。社内改革を進めようとする中で先代の父とも相当ぶつかりましたね。

「真心でご奉仕」という理念の下、強硬に改革を推進しようとしたことで古参の社員をはじめ多くの社員が辞めていきました。現在は社員数90名ほどになりましたが、当時は理念に共感してくれる人材の採用活動も進めていったのですが、新しく採用した人材も次々と辞めていき、人に関する悩みは尽きませんでしたね。

ただ、人材は減っていく一方で、事業自体は増収増益の状態でした。サービス業としてお客様のニーズを汲み取る教育訓練はずっとしていましたから、仕事としては社会的な評価を頂けていたんです。当時は私も現場に出ていたのですが、人が減っていく中で仕事量は増えていったので相当大変な時期でした。

当時は、相手の人格や考え方を斟酌せず、自分の正しさを押し付けてしまっていたのだと思います。会社の理念は何処を切っても同じ金太郎飴のようなものでなければなりませんが、会社で働く社員には一人ひとり個性があり、個性を尊重しなければならないということが理解できていませんでした。

色々と勉強していく中で、会社は仕事を通して社員が自己実現する場なんだということが分かったことで、関わり方が変わってきたと思います。



田中社長が新しく取り組んでこられたことについて教えてください。

私が入社して一番大きく変えた部分としては、葬儀だけでなく、それ以前からお客様と関わりを持つ営業部を立ち上げたことです。真にお客様のご要望にお応えするためには、事前にご本人やご家族から話をお伺いしていなければならないと考え、営業部を立ち上げました。

お亡くなりになられてからではなく、事前に登録していただく「あんしん倶楽部」という会員制の仕組みを作り、今では約70,000人の会員にご登録をいただけています。当時、葬儀業界では事前に営業活動をする部署を持っている会社はほとんどなかったと思います。

今でこそ「終活」という言葉が一般的になってきていますが、立ち上げ当初は受け入れてもらえないことも多々ありました。当時、事前に亡くなった後の準備をという話をすると、縁起でもないと塩をまかれたこともありましたね(笑)。

待っているだけでは状況は変わらないため、「お葬式なるほど教室」や「終活フェア感謝祭」といったイベントを開催し、できるだけ葬儀場に足を運んでもらう工夫をしました。終活という言葉が社会的に認知される以前から、そういったイベントを開催していたんです。

実際に葬儀場を見学していただき、スタッフと接してもらうことで安心感を持ってもらって、いざという時に慌てないために「あんしん倶楽部」に入会してもらうという仕組みを時間をかけて定着させてきました。

今では、事前のご相談から、仏壇・仏具の販売やアフターフォローまで一気通貫でサービスを提供するワンストップの仕組みを構築しています。


事前のご相談だけでなく、アフターフォローもされているのですね。

永田屋では「ご遺族の悲しみを少しでも和らげ、明日への一歩を踏み出すきっかけをつくる」ことをミッションとして掲げています。今年(2018年)から「遺族の会」を立ち上げて、ご遺族の気持ちをケアする取り組みを始めました。

気持ちのケアをするためには、ご遺族の方々が同じ想いをシェアし合うことが大切です。永田屋では、ご遺族の想いを聞いてさしあげるアフターケアの専門部署を設けています。ただ、若くして子どもを亡くされてしまった親御さんなど、本当に深い悲しみを抱えておられるご遺族もおられます。そういった方々に対して、どう聞いてあげても、何を言ってあげても何もできない無力さを痛感することもあります。

そういった方々に対しても何とかサポートしていきたいという思いから、心理学なども含めた技術をしっかりと学び、支援できる体制を整えた上で「遺族の会」をスタートさせることにしたんです。

家族を失われた悲しみから立ち直ることができた方々は、同じ境遇にある人たちの助けになりたいと思っていただける方も少なくありません。そういった方々にボランティアとして協力してもらいながら、少しでもご遺族の悲しみを和らげる事業を広げていきたいと考えています。




葬儀業界にはどのような課題があるとお考えですか?

昨今では、火葬のみを行う直葬という葬儀形式を選ぶ人たちも増えてきています。そうなった背景には生前の人間関係が大きな要因としてあるように思います。私は個人的に「大切な人を大切にする」ことを人生の理念として持っているのですが、「大切な人を大切にする」関わり合いが生前にできていたら、自然とちゃんとした葬儀を行いたいと考えるようになるのではないかと思っています。

我々が取り組むべきは、親子関係であったり家族関係をつくるお手伝いだと考えています。家族と共に終活に取り組み、人生のゴールを考えることによって、生きている今をより良いものにしていっていただきたいのです。

そのためには、まずは葬儀社である私たちが目的や目標を持っていなければなりません。お客様にサービスを提供するのと同時に、葬儀という仕事を通して社員一人ひとりが自己実現する場にしていくことも必要です。

お亡くなりになる方が最期の時に考えられるのは、残された家族のことだと私は考えています。葬儀の仕事は、故人が最期に望むであろうご家族の幸せの第一歩目を作ることなんです。つまり、「葬儀」と「幸せ」は結びつくということです。

永田屋の社員には、お客様の幸せを作り、「ありがとう」と言ってもらえる葬儀の仕事を、単なる生活の糧を得るためではなく、自分の人生を豊かにするかけがえのない仕事にしていってもらいたいと願っています。


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今後の展望について教えてください。

人口が減少していく社会の中では、今までと同じようなことをやっていては生き残っていくことはできません。細分化された個の時代になってきているため、画一的で型にはまった葬儀ではなく、個性を重視した葬儀が求められてきています。そういった時代背景の中で、事業を拡大することを目的とするのではなく、個々のお客様のニーズを適確に汲み取れる人材を育成していきたいと考えています。

私はプロの条件として「気づき・心配り・専門性」の三つが必要だと思っています。お客様がしてほしいことに気がつき、先回りしてサービスを提供できる心配りをし、それは専門性に裏付けられたものでなければならないということです。

サービス面では、この三つの条件を満たせるよう人材教育を徹底しながら、ハード面では式場・会食室・控室を一体化したハウスエンディング型式場を展開していきます。ハウスエンディング型式場とは、ご家族が故人と最後の2日間を近くで寄り添いながら送り出せる、従来の儀礼文化にとらわれない新しいお別れの形を提案する邸宅型の式場です。

ハウスエンディング型式場を各地に展開して、永田屋の提案する新しいスタイルの葬儀を広めていくことが社会貢献に繋がると思っています。他の葬儀社より永田屋で葬儀をしていただいた方が故人やご遺族にとって幸せになっていただけるという自負はありますね。

AIなど技術の進歩によりなくなる仕事が増えてくると言われていますが、個にフォーカスした葬儀を提供していく限り、我々の仕事がAIに取って代わられることはないと思っています。そういった意味では、葬儀という仕事には非常に可能性を感じています。

葬儀業界は競争が激化し、大手企業もどんどん進出してきていますが、葬儀を通して幸せを提供できる唯一無二の会社として継続していきたいと思っています。


 

<インタビュー情報>
株式会社 永田屋
代表取締役  田中 大輔
会社ホームページ https://www.e-nagataya.com/

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