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お客様からの要望に対して、可能な限りとことんやるというのがシーフォースならではの強み

株式会社シーフォース
代表取締役 奥山 邦之

創業から現在に至るまでの変遷について教えてください。

シーフォースは、1979年に印刷物を刷る前のフィルムをつくる写真製版会社としてスタートしました。2000年頃までは人の手による職人技でフィルムを作成していましたが、技術の進歩によりデジタル製版が主流となり、写真製版自体は今はもうほぼなくなっています。

写真製版業がなくなっていくことを見越して、私が入社した1998年に創業者である父親が製版の前段階であるデザイン制作業への進出を決め、事業領域を拡大していきました。印刷会社や広告代理店の下請け的な製版業から、自分たちで仕事を作り出すことができる川上の制作業にシフトしていったのです。

デザイン制作がスタートした当初は子会社で行なっていましたが、製版業自体が縮小していく中でデザイン制作の割合が高まってきたこともあり2003年に親会社と子会社を統合し社名も現在の「シーフォース」に改め、制作業がメインとなっています。

紙媒体のデザイン制作だけでなく、お客様のニーズに応える形でWeb制作や広告代理事業も手がけるようになり、セールスプロモーションまで一貫しておこなう体制を構築しています。


奥山社長がシーフォースに入社した経緯は何ですか?

大学卒業後は、大手の半導体装置メーカーで営業職をしていました。今でこそ日本の半導体事業は衰退してきていますが、当時の日本はDRAM生産量世界一だったため業界全体が賑わっており、とても楽しかったですね。

その後、日本人学校の教師をしていた妻の仕事の関係でアメリカに移住することになり、数年間アメリカで英語を学び大学に進学していましたが、いずれは半導体業界に戻るつもりでいたため、当初は父親の会社に入社することは考えていませんでした。

アメリカで生活しはじめて2年経った頃、父親が同業者の友人とアメリカに来ました。その時に、「デザイン制作部門を立ち上げたいので一緒にやらないか」と打診されたことをきっかけに、1998年に帰国し父の会社に入社しました。衰退していく製版業ではなく、デザイン制作という新しい分野でチャレンジができるのであればと思ったのです。

デザイン制作の部門を立ち上げるにあたり、私と大学時代の友人の2人でデザイン制作の仕事を受注するため営業開拓をしていきました。ただ、制作の実績がなかったので立ち上げてから4年ほどは赤字でしたね。既存のお客様からの受注を中心に実績を積み重ねていくことで徐々に制作の仕事を増やしていき、現在の下地をつくることができました。

ご自身が社長になることは意識されていましたか?

1998年に入社し、2010年に父親の後を継いで社長に就任しましたが、入社した時点からいつかは経営者になるという意識はありました。

事業を承継するにあたっての会社の体制としては恵まれていたと思います。入社した時は父親である社長や、父と共に会社を設立してくださった常務がいてくれましたし、デザイン制作部門を立ち上げる際は、現場の責任者として右腕になってくれた方が一人いて、営業開拓では大学時代の友人が左腕として動いてくれました。

右腕として働いてくれていた方が退職された後は、彼の後輩であった人間が私の右腕として活躍してくれています。また、今は弟が営業部門を統括してくれており、本当にスタッフには恵まれているのは有り難いことです。

組織については、社長になる前から任せてもらえていたので、社長に就任した時点である程度完成された組織になっていました。今では、私より社歴の長い社員は3人だけで、私が採用したスタッフが半分以上ですね。

社長になられてから苦労されたことはありますか?

実績のなかったデザイン制作部門の立ち上げでは苦労しましたが、新規事業の立ち上げや組織づくりについて社長になる前から任せてもらえていたことで、事業承継もスムーズに行えたため、社長になってからの苦労というのはあまり感じていません。

社長になる前は部長や専務という役職を経験してきましたが、トップでない以上、自分の考えだけで物事を進めることはできませんから、社内調整をしなければなりませんでした。そういう意味では、むしろ調整をしなければならなかった当時の方が大変でした(笑)。トップに立つと、周りの意見も聞き入れながら最終的には自分で決断できるので、今の方がやりやすいですね。

先代は会長職として今でも会社に来てもらっていますが、代表を交代してからは経営に関して口を出すことは一切ありませんでした。交代をするまでに父親としても相当な決断をしてくれたのでしょう。その点でも有り難いことだと思っています。

承継前から土台づくりをさせてもらい承継後は全てを任せてくれた先代社長と、今の私を支えてくれているスタッフには本当に感謝の気持ちしかありません。

ただ、二代目の経営者としての責任感の重さは感じています。ある程度の規模で継続している会社であれば様々なところで責任が発生します。お客様や協力会社、そして働いてくれているスタッフとスタッフの家族に対する責任です。本来の経営者とは、そういった方々や社会に対して責任を負う存在だと思っています。

先代の時代から、変えるべきものと変えてはいけないものはありますか?

立ち上げたばかりのベンチャー企業家であれば、経営者一人の考え方だけである程度までは成長していきます。だから大きく成功もする反面、周りの意見を取り入れないでダメになってしまうケースもあるのだと思います。

先代社長もベンチャー企業の創業者として典型的なワンマンタイプでした。創業期はそうでなければ会社が成り立たなかったのでしょう。二代目として会社を引き継いだ私は、比較的周りと相談して物事を判断するようにしています。もちろん、最終決定は決裁権者である私がしなければなりませんが。そこが先代と違う部分だと思います。

社会的な責任を負う会社のトップとして絶対に会社を潰すわけにはいかないという想いがあるためです。冒険をしなければ会社が急成長することはありませんが、今の時代は急成長する必要はないと思っています。そのため、衰退はさせないよう周りの意見を取り入れながら少しずつでも成長させていって、次の世代にバトンを渡していきたいという想いを持っています。

現在、取り組まれている事業について教えてください。

シーフォースの現在の事業は、3年後、5年後にこうしようといったビジョンの中でできあがったものではありません。元製版業からデザイン制作と、時代の流れに上手く乗って事業を立ち上げてきた感じなんです。サーフィンのようなもので、波に遅れてもダメだし早く立ち上がってもダメなんですよね。

紙媒体ではなくWeb制作もやっていますが、2005年頃にお客様からグラフィックデザインができるならWebもできないかと依頼されたのがキッカケでした。当時、私の右腕だった現場責任者がMacの取扱いに長けていたため、とりあえずやってみようと作成したみたところお客様から意外と好評をいただけたのです。

今考えたら大したものではありませんでしたが、一つ形にすることでWebもできるという自信が生まれ、翌年から正式な事業としてWeb制作をスタートさせました。もし、その時の流れに乗っていなければ、後発になってしまいWeb制作を事業としてやっていなかったかもしれません。

広告代理事業を始めたのも、様々なお客様とお付き合いさせていただく中で、雑誌広告を出したいという相談を受けたのがキッカケです。私は、全く新しいビジネスを始めるという冒険は性格的にできないのかもしれません。そのため、お客様や市場の声に耳を傾けて、今の事業から派生的にできる事業を少しずつやってきた中で現在まできています。

色々と経験された社長が感じる御社の強みは何ですか?

私たちが元々やっていた写真製版業は、実は印刷物の品質を決める大きなファクターなんです。どんなに優れた印刷会社でも、フィルムを作る段階でキチンとできていなければ印刷物のクォリティは高くなりません。

その意味で、我々は色に対するこだわりは非常に高く持っています。一般的な制作会社で我々ほど色に対してこだわりをもった会社はまずないと思います。製版会社をベースにデザイン制作を始めた背景が強みに繋がっているんです。

文化財を保存管理している独立行政法人から、平安絵巻の修復をする際に、修復前と修復後の記録をとっておきたいという依頼をいただいたことがありました。絵巻は絵の具を使って描かれたものなので、印刷のインクとは異なるため簡単には再現できないのです。

シーフォースには、感覚的に「赤を上げればいい」とか「黄色を下げたほうがいい」という指示ができる色のスペシャリストがいるため、対応させていただくことができました。結果的に色に対する我々のこだわりを評価していただいて、印刷も含めて全ての工程を任せていただけることになりました。

他にも通常規格ではない難しいご依頼をいただいた際にも、「簡単にできないと諦めるな」と私は言っています。そこで諦めてしまっては他の制作会社さんと同じになってしまいますから。お客様からの要望に対して、可能な限りとことんやるというのがシーフォースならではの強みだと思っています。

今後の展望について教えてください。

時代や社会の変化に合わせて、コア事業の周辺ビジネスを柔軟に取り入れてきたのがシーフォースなので、これからも具体的なビジョンを定めるということはないと思います。

ただ、お客様からは「他とは違う何か」を求められると考えています。制作会社は他にたくさんありますが、どこに出しても同じじゃなくシーフォースにしか頼めないという部分が必要になってくると思います。そういうものを見つけ、提案し続けていく姿勢は持ち続けていきたいですね。

制作事業の他に広告代理事業や、今年からはプロアスリートのマネジメントを始めたりしていますが、それ自体で収益を上げようとは考えていません。広告を出す媒体を探しているということは、そこに載せる広告を制作する必要があります。広告代理事業は、広告制作を受注するためのフックとして考えているのです。

アスリートのマネジメントも、スポンサー企業を募る中で、その企業が広告宣伝をする際にシーフォースに任せていただくという形をとっています。これらの事業は本業である制作業に結びつけるために展開しているということです。


従業員数や売上げなど、会社規模についてはあまり具体的には目標を定めていません。結果的にそこに行き着くとしても、それよりもまずは健全に会社が運営されていることが大切だと考えているからです。健全に運営していくということは、利益を出して、それに貢献してくれた方々にキチンと返していくということです。

事業領域については、まずは何でもチャレンジしてみたいという想いはありますが、突拍子もない事業を始めるのではなく、これまでと同様に、コアである制作事業の周辺のビジネスやお客様のニーズを反映する形でトライしていきたいと考えています。


 

<インタビュー情報>
株式会社シーフォース
代表取締役 奥山 邦之
会社ホームページ https://www.cforce.co.jp/

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