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「生活コンシェルジュ」として笑顔を届ける会社です


トライティ株式会社
代表取締役社長 内田 康子



――最初に、トライティ株式会社について、教えてください

トライティ株式会社は、お客様に快適なライフスタイルを過ごしていただくために2つの事業を行なっています。1つは昔ながらの良いスタイルを残し進化するダスキン事業、2つ目は必要なものを安く送料無料で宅配するアスクル事業。その「正規代理店」として地域の方々に向けたサービスを展開しています。

創業者は、現在会長を務めている父です。当社の前身は、父が経営する街のクリーニング店でした。しかし、1970年代に「これからの時代はクリーニング屋では生き残れない」と考えていたようで、次のビジネスを模索し始めます。

その頃、ダスキンが本格的にフランチャイズ展開をするという話を聞きつけ、加盟を決めたようです。ダスキンは一般家庭に向けたお掃除用品を扱っていますので、地域に根付いて主婦の方々と親しい仕事をしていた点が活かせると考えたのだと思います。後の1994年に、アスクル正規代理店に挑戦したのも同じ理由です。

社名である「トライティ」は「3つのT」から名付けられています。父の名前「タカラダ トシアキ」からT2つ、最後のTはTry(挑戦)です。採算が合わなくて閉鎖しましたが、他にもパソコン教室などいろいろ挑戦してきました。現在事業はダスキンとアスクルの二本柱になっています。私もチャレンジ精神旺盛な父の血を引いていますから、ダスキン、アスクルに続く新しい事業の柱を作っていきたいと考えています。




――事業承継に至った経緯は、どのような形だったのですか

父から会社を引き継いだのは2009年です。リーマンショックがあり、経営が行き詰った父はその頃ノイローゼ気味になっていました。本当は、この会社を同じダスキンのサービスを展開している親しい経営者さんに買ってもらおうと考えていたのです。その話し合いの場があったのですが、父から「自分では冷静な判断ができないから、お前も同席してくれないか?」と言われました。

何十年も会社を経営していたのに、父にはこういう場に同席させられる社員が1人もいなかったのです。

話し合いの中、相手の社長さんからこう言われました。「ダスキンというのは普通にやれば儲かる仕事なんだよ。康子ちゃんやってみたら?」。それに対しての自分の感想は「えっ、楽しそう!」でした(笑)。

結婚していたので夫に相談してみたところ、応援してくれると言ってくれたので、会社を引き継ぐことを決めました。会社を継ぐなんて、小さい頃から考えたこともありませんでした。昔の私だったら、断っていたかもしれません。でも、これまでのいろいろな仕事経験が「経営者になる」という選択肢を選べるように私を成長させてくれたのかなと思います。

しかし、それは苦難の道のりの始まりでした。「最初の2~3年は大変だと思うけど頑張って」と周囲に言われて始めたのですが、もうすぐ10年になりますけど、ちっとも楽になりません(笑)。まだまだ大変です。でも仕事が面白いので、いいのかなと思っています(笑)。




――内田社長ご自身について、教えてください

4姉妹の長女です。妹たちも小さい子も大好きで、小さい頃から「幼稚園の先生になりたい」と思っていました。学校では優等生の学級委員長タイプです。実際に学級委員長をやっていました。高校生のときには生徒会の副会長をやっていたのですが、会長をやらなかった理由は、アルバイトができなくなってしまうから(笑)。

習い事は、剣道、バトン、ピアノ。その他にもいろいろやっていましたが、多すぎて忘れてしまいました。「やりたい」と思ったらすぐ行動するタイプです。

高校を卒業後、保育系の専門学校に入学。その間、ずっとディズニーランドでアルバイトを続けており、『カリブの海賊』のキャストをやっていました。私が専門学生だった頃、保育士や幼稚園の先生は就職難でした。

そんな中、イギリスの日本人幼稚園や実習へ行った幼稚園から声をかけていただき、内定をいただきました。「やっぱり自分はこっちの道が向いているんだ」と思ったのですが、あえてお断りしました。その頃、オリエンタルランドで契約社員募集があったのです。試しに応募してみたところ、数千という倍率の中でご縁をいただけました。若い内にしか出来ない事にトライしたかったからです。




――今話題に出ましたが、どのような職務経験をされてきたのですか

オリエンタルランドには、アルバイト時代5年、契約社員時代4年、計9年お世話になりました。人件費の管理、人材教育、トレーニング、イベント運営など、さまざまな経験をさせていただきました。

次に入社したのが、チーズケーキファクトリー。長方形のチーズケーキが紙に包まれているチーズバーを出した元祖のお店です。最初の3ヵ月は平社員として働き、次の3ヵ月は新宿ルミネで店長をやらせていただきました。オリエンタルランドの仕事で得たノウハウを少人数制のアルバイトに導入したところ、接客の質が変わり、売上がグンと伸びました。

その後、新店立ち上げの部署を作るというので手を挙げて、大阪、伊丹、福岡、目黒、新浦安、千葉6店舗のオープンに携わりました。充実した毎日だったと思います。でも疲れ過ぎてしまって、1年くらいで辞めることになりました。

そして、2006年に結婚。それから専業主婦になるのですが、これが自分で思っていた以上に向いていませんでした(笑)。私のようなわくわくチャレンジしていたい人間は専業主婦になじめなかったのです。夫はその苦しみを理解してくれて(実際苦しかったのは夫だと思いますが)、再び働きに出ることに賛成してくれました。

そしてついに、念願の保育士になります。しかし、ここにも思わぬ落とし穴がありました。私は他の人より足に炎症を起こしやすく、子どもの抱きおろしが辛かったのです。最後の方は傷みがひどく、仕事にならないくらい。それで辞めることになりました。

その次に勤めたのが佐川印刷という印刷会社です。部長、次長、課長が4~5人、平社員が2人という環境で、たった1人の事務としての入社でした(笑)。皆のお世話を焼くという仕事で、とにかく行動力が求められたので、私には向いていましたね。それが2008年の頃です。

ちょうどその頃、父がノイローゼになってしまい、先に話した経緯があって、トライティ株式会社を引き継ぐことになりました。



――イチから経営に関わってみて、いかがでしたか

ひどい状況でした。借金が2億円あり、毎月赤字が300万円ずつある状態です。原因は、ぶら下がり社員が多かったことです。

例えば日給1万円だったとして、その金額から黒字になるだけの売上と利益を作れる人間がいませんでした。当然、赤字です。父は社員に対して「働いてもらっている」という気持ちがありました。でも社員には「働かせてもらっている」という気持ちがありませんでした。結果として、仕事に見合わない給与を支払う状況になっていました。

さらに、社員による商品の持ち出しが横行していたのです。仕入れた商品がなくなれば、その分利益が下がります。本部から借りたものがなくなれば、会社のお金で弁償しなければなりません。いくら売上を作っても利益がポロポロこぼれている、こんな状態だったのです。

私が最初にやったことは、あるべき姿にきちんと戻すことでした。まず給与はダスキンの一般的な給料体系に戻しました。そして、商品管理の徹底などルールを厳格に定めました。

今までの環境に慣れていた人には、急速に居心地の悪い環境になっていたと思います。実際に、当時30人近くいた社員が10名以上辞めました。社員に辞めてほしかったわけではありませんが、商売をするための仕組み・組織が破綻している状態だったので、変えていかなければ会社に未来はないでしょう。

苦渋の決断でしたが、新しい体制に共感出来ない人は辞めてもらうしかありませんでした。

そんな私は、父のことを「責任の取れないだらしない人」だと最初は思っていたのです。しかし、経営に関わるうちに父の苦悩が分かるようになっていきました。父は社員との和を大切に考えていて、社員に寄り添うしなやかさを持っていたのだと思います。

それが、時間が経ってしなやかになりすぎて、逆に社員を見失ってしまったのでしょう。社員や会社にとって必要な揺るぎないものが、父をはじめ、社員誰もが分からなくなっていたのだと思います。「私はこういう思いで会社をやっている」ということを明確にして、一緒に目標を共有してくれる人と一緒に働きたいと思ったことが、次の理念を作った理由になります。


<トライティ 経営理念>
私たちは、「生活コンシェルジュ」として 価値のあるご縁をつなぎ 生活を豊かにします。
私たちは、お客様のありがとうをパワーに 「笑顔で自信のある人」になります。
私たちは、「頼られる会社」を目標に 信頼と顔で地域へ恩返しをします。




――会社経営において、大切に考えられていることは何ですか?

「コミュニケーション」と「育成」です。会社は人の集まりであり、特に小さな組織の場合、社員1人あたりのパフォーマンスが売上に直結しますから。会社の考えとマッチしている人で、その人にとってプラスになる仕事との向き合いかたを一緒に考えていくことが大事だと考えています。働く目的は人それぞれ違うものです。会社として、そこをどうマッチングさせてあげられるかが管理職の仕事ではないでしょうか。

以前は私の自信の無さもあり、早急に"右腕"になってくれる方が欲しいと考え、30代、40代の中途入社に注力していました。でも、スキル・経験は素晴らしい方でも、トライティの会社のフェーズや社風に合う人と出会うのは難しいようです。

最近ようやくそれを学び、少し大変でも新卒とか20代を採用して育てていくことにしました。今の若い子は自分自身を信じることができないと感じます。だから、近くにいる人がまず信じてあげること、その上で鼓舞して勇気を与えてあげることが大切です。地頭は良いし、やる気もある。一緒に共育すると驚くほど成長します。

実は1人、入社時に全くやる気が感じられない子がいたのですが、今では仕事の意義を自分で感じて、自分で考えて動けるようになりました。寄り添って指導したことで、彼の中に何か変化があったのでしょう。今では頼れる幹部候補の1人です。




――最後になりますが、これからのビジョンを教えてください

新しい事業を育てていくことを考えています。「ご縁つなぎの事業」といったものでしょうか。BtoB、BtoC、CtoB、CtoC…、地域の中には、営業が下手なだけで、良い商品やサービスを行なっている企業がたくさんあります。知られていないだけなのです。

一方、私たちには定期的にお客様と直接お会いし、提案する機会があります。私たちがお配りしているチラシに広告を掲載したり、私たちが口頭でひと言お伝えすることで、新しい商売の機会が生まれたら笑顔も増えると思ったことがキッカケです。

例えば、ダスキンで年末の大掃除用サービスのチラシを作るとします。大掃除をすると、いろいろ捨てるものが出てきます。そこでブックオフさんと提携して、買い取り強化中という広告を裏面に載せて「チラシを見た」と言えば特典が付いたとしたら。問い合わせがたくさん来ると思いませんか。

他にも、マヌカハニーの販売とか、四葉のクローバーしか生えてこない鉢の販売とか、刺繍のノベルティ提案とか、いろいろやってきました。まだ収益化はできていないのですが、地域に根差した仕事として手ごたえは感じているので、これから力を入れていきたいです。

具体的な話ではないのですが、「自分が成長することの大切さを伝えたい・悩んでいる人を助けたい・勇気を与えたい」という思いがあります。世の中に絶対に変えられないモノが2つあって、それは「過去」と「他人」。逆に絶対に変えられるモノは「未来」と「自分」です。

過去に囚われて苦しんでいる人って意外と多いと思います。でも目を向けるべきなのは未来であって、そのために自分は何を考え行動していくかが重要なのです。仕事を通して多くの人たちに伝えていきたい、そのために私も行動していきます。



(バックナンバーはダスキンコペルHPで読むことができます)


<インタビュー情報>

トライティ株式会社
代表取締役社長 内田 康子
会社ホームページ http://www.tryty.co.jp/

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