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樽一②-どん底からのスタート!承継後の取り組みでV字回復へ!


「売り方」「見せ方」を軌道修正

2001年に歌舞伎町で当時の新宿店から徒歩2分くらいの場所で火災があったんですよ。
それからお客さんが来なくなって、親父も亡くなって、まさにどん底からのスタートでした。

とにかくお客さんに来てもらうしかなかったので、ぐるなびとかホットペッパーとか必死に企画して、メルマガも発行しました。

今では会員が1万人いるんですけど、とにかく伝えることにフォーカスして、「売り方」「見せ方」を変えていきました。

とにかくお店を知ってもらおうと、クーポンをつけたりして、4人でコース頼んだらカニ一杯サービスでとか、箱ウニ一枚つけるとかそういうわかりやすいことをやっていましたね。


キャラクターづくりでお店に安心感を

紙媒体ではほとんど効果がない時代になっていたので、引き継いですぐ路線変更しました。

あとは自分のことを「しんちゃん」と呼んでいただいたり、名刺に似顔絵を記載したり、キャラクターづくりは意識してきました。

『世界の山ちゃん』って、実際に山ちゃんはお店にいないけど何となく彼がそこにいるような気がするじゃないですか。

樽一の踊り場にもしんちゃんの看板があります。雑居ビルからこっちに引っ越した時に、イメージがだいぶ変わりました。あんまり綺麗になったんで、「俺の知っている樽一はこんなんじゃない」って素通りされたら困るけど、あそこにしんちゃんの看板があることで「ああいたいた!やっぱり樽一だ。」ってなるんです。




しんちゃんのお家にみんなが遊びに来ている

とにかく来た人に喜んでもらうことは第一なんですけど、「しんちゃんのお家にみんなが遊びに来ている」という想いをもって取り組んでいますね。

これは幼少期の感覚から来ています。

例えば、アルバイトの子には「自分の家に友達が遊びに来るとしたらどうするか」
「今日はそういえばお誕生日だったな」、「好きな食べ物、飲み物を揃えよう」、「お部屋を綺麗にしなきゃ」などそういう感覚で考えてもらっています。

うちは9割が常連さんです。前の新宿店は雑居ビルの5階で、ここは歌舞伎町の地下1階だし、知らないとなかなかご来店頂けません。常連さんが自分の好きな方をお連れ下さり、またその方が大事な方をご紹介下さる。そうやって親子二代で50年積み重ねて来ました。


3本柱を守りつつ新体制へ

お店を引き継いでから様々な取り組みをしてきましたが、変えてはならない『3本柱』があります。「浦霞」「鯨」「三陸の海の幸」ですね。

この3本柱は子どもの時から私の中に無条件であるもので、なくなると樽一でなくなってしまいます。

この3本柱を守りながら改革を続けて、今は新体制になっています。

現在いる社員は全員私が採用をした人で、親父のことを直接知っている人は誰もいません。

私と新宿店と新宿三丁目店の両方を見る店長が1人、副店長が2人いる状態で、今まさに組織になり始めているところなんです。

トップの考えていることが伝わらないと、働いている社員は「会社が何を目指しどこへ向かっているのか」がわからなくなってしまいます。

だからなおさら、私が話していることは店長に伝わるようにしていて、そこから副店長へ、副店長からみんなへという指示系統を組めるように訓練をしているんです。

2代目でも創業者みたいにワンマンで「よし行くぞ!」って言って引っ張るタイプの人もいると思うんですけど、私はそうではないので、思っていることは伝えて、社長の頭の中だけで終わらないようにしています。


プロフィール

<社長プロフィール>
・佐藤 慎太郎(さとう しんたろう)※ニックネームは「しんちゃん」
・1971年生まれ
・東京都豊島区大塚出身
・1993年入社
・2003年より現職
・2代目
・趣味:ブラスバンド

<会社プロフィール>
・株式会社ネオユニバース
・業種:飲食店
・従業員:30名
・創業:1968年

株式会社ネオユニバース(http://www.neouniverse.tokyo/
新宿居酒屋「樽一」(http://www.sinjyuku-taruichi.co.jp/

〇創業時からの想い
食は理屈ではない
人間の存在そのものである
そしてその民族の文化である